第193話 沈黙を破る者
帝国最高裁判所。
暖房器具事件、最終公判。
物証の提出を終えた法廷は、なお重苦しい緊張感に包まれていた。
裁判長は静かに告げる。
「続いて、証人尋問を行います」
法廷中央の扉が開く。
最初に証言台へ立ったのは、宮廷書記官だった。
緊張した面持ちで一礼すると、裁判長が静かに問い掛ける。
「あなたは暖房器具計画に関わっていましたか」
「……はい」
書記官は小さく頷いた。
「私は暖房器具計画の決裁書を管理しておりました」
「その後、宰相グレゴール閣下の命令により、決裁書の原本を保管庫から持ち出し、提出用の文書へ差し替えるよう命じられました」
法廷がざわめく。
裁判長はさらに問い掛けた。
「その証言に間違いはありませんか」
書記官は一度目を閉じ、意を決したように答える。
「……間違いありません」
「すべて、宰相グレゴール閣下の命令でした」
続いて、会計官が証言台へ進み出る。
「私も宰相閣下の命令を受けました」
「暖房器具事業の研究費を軍事研究費へ流用したように見せ掛けるため、会計帳簿を書き換えるよう指示されました」
さらに、別の宮廷文官が前へ進み出る。
「私は提出用書類の作成を命じられました」
「逆らえば、一族の安全は保証できないと脅されました」
一人が口を開くと、堰を切ったように証言が続く。
「私も命令を受けました」
「公印の押印を命じられました」
「文書の差し替え作業に立ち会いました」
証言の内容はそれぞれ異なる。
しかし、そのすべてが一人の人物を指し示していた。
――宰相グレゴール。
被告席のグレゴールは表情を崩さない。
だが、固く握り締められた拳が、その胸中を物語っていた。
隣に座るレオンハルトも俯いたまま、一言も発しない。
裁判長は静かに証言調書へ目を落とした。
決裁指示書。
管理台帳。
文書鑑定報告書。
会計監査報告書。
関係者たちの証言。
そして、命令書。
物証と人証は互いを補強し合い、一つの真実を鮮明に浮かび上がらせていた。
暖房器具計画を利用した一連の陰謀は、偶然などではない。
綿密に計画され、組織的に実行された国家規模の犯罪だった。
そして、その中心にいたのは宰相グレゴールである。
法廷の空気は、完全に変わり始めていた。
追い詰められたグレゴールとレオンハルトに、もはや逃れる術は残されていなかったのである。




