第192話 動かぬ証拠
帝国最高裁判所。
暖房器具事件、最終公判。
法廷は、水を打ったような静寂に包まれていた。
裁判長は皇帝代理クラウスへ視線を向ける。
「提出された新たな証拠について、説明をお願いします」
クラウスは静かに立ち上がり、一礼した。
「はい」
「本事件の真相を明らかにするため、これまで極秘裏に収集した証拠を提出いたします」
その合図を受け、宮廷監察官が証拠書類を法廷中央の机へ並べていく。
決裁指示書。
管理台帳。
文書鑑定報告書。
会計監査報告書。
関係者たちの証言調書。
そして、宰相グレゴール自らが残した命令書。
整然と並べられた証拠を前に、法廷はざわめきに包まれた。
裁判長は静かに頷く。
「それでは、証人尋問を始めます」
最初に証言台へ立ったのは、宮廷文書鑑定官だった。
裁判長が問い掛ける。
「提出された決裁書の鑑定結果を述べなさい」
文書鑑定官は一礼し、落ち着いた声で答えた。
「裁判で提出された決裁書は、正式な公文書ではありません」
「紙質、公印、魔法印章、筆跡を詳細に鑑定した結果、精巧に偽造された文書であると断定いたしました」
法廷がどよめく。
続いて、会計監査官が証言台へ進み出た。
「暖房器具事業に関する会計帳簿を精査した結果、研究費が軍事研究費へ流用されたように見せ掛ける改竄が確認されました」
「さらに、複数の帳簿においても同様の改竄が確認されており、組織的な不正であると判断しております」
傍聴席から驚きの声が漏れる。
最後に、文書保管庫管理官が証言台へ立った。
「管理台帳によれば、暖房器具開発計画の決裁書原本は、宰相グレゴール閣下と外務大臣レオンハルト閣下によって正式な手続きを経て持ち出されました」
「しかし、その後、返却された記録は一切確認されておりません」
裁判長は静かに提出された証拠へ目を落とす。
決裁指示書。
管理台帳。
文書鑑定報告書。
会計監査報告書。
関係者たちの証言。
命令書。
それぞれは独立した証拠でありながら、互いを補強し合い、一つの事実だけを示していた。
暖房器具計画は、本来、帝国北方の民を寒さから守るために立案された国家事業であったこと。
そして、その計画を軍事利用であったかのように偽装するため、公文書の偽造と会計帳簿の改竄が組織的に行われていたこと。
法廷の空気は、明らかに変わり始めていた。
被告席のグレゴールは険しい表情で証拠の山を見つめる。
隣のレオンハルトも唇を固く結び、額には冷たい汗が滲んでいた。
もはや、物証は揺るがない。
動かぬ証拠が、静かに、しかし確実に真実を語り始めていたのである。




