第188話 沈黙の証人
その日の夕刻。
帝都シュヴァルツブルク。
皇宮中央棟、監察室。
皇帝代理クラウスは、暖房器具事件に関わった関係者たちを極秘裏に招集していた。
部屋に集められたのは、宮廷書記官。
会計官。
文書保管庫管理官。
いずれも事件当時、実務を担当していた者たちである。
しかし、誰一人として口を開こうとはしなかった。
監察室は重苦しい沈黙に包まれる。
クラウスは一人ひとりの表情を静かに見渡した。
皆、怯えている。
真実を語れば、自分だけではない。
家族や一族にまで危険が及ぶ。
そう信じ込まされていたのである。
やがてクラウスは、静かに口を開いた。
「安心してほしい」
「ここで行われる事情聴取は、すべて極秘とする」
誰も反応しない。
それでもクラウスは、落ち着いた口調で続けた。
「私は、誰かを罪に問うために諸君を呼んだのではない」
「帝国を欺いた者を裁くため、真実を知りたいのだ」
静かな声が監察室に響く。
そしてクラウスは、一人ひとりの目を真っ直ぐ見つめた。
「皇帝代理として命じる」
「どうか、真実だけを語ってほしい」
その一言が、張り詰めていた空気をわずかに揺らした。
一人の老書記官が震える手で膝を握り締める。
長い沈黙の末、ゆっくりと立ち上がった。
「……もう、隠しきれません」
老書記官の目には涙が滲んでいた。
「すべて……宰相閣下の命令でした」
その一言が、静まり返った監察室へ重く響く。
クラウスは静かに頷いた。
「詳しく聞かせてほしい」
老書記官は涙を拭いながら語り始める。
「暖房器具計画の決裁書を保管庫から持ち出すよう命じられました」
「その後、別の文書へ差し替えるよう指示されました」
「逆らえば、一族の身の安全は保証できないと脅されたのです……」
絞り出すような声だった。
その証言を聞いた会計官も、一歩前へ進み出る。
「私も命じられました」
「帳簿を書き換え、研究費を軍事研究費として記録するように、と」
文書保管庫管理官も深く頭を下げた。
「決裁書が返却されていないことは知っていました」
「ですが……宰相閣下には逆らえませんでした」
一人が口を開くと、堰を切ったように他の関係者たちも次々と証言を始めた。
「私は公印の押印を命じられました」
「文書の差し替え作業を手伝いました」
「提出用の写しを作成しました」
証言の内容は少しずつ異なっていた。
しかし、そのすべてが一人の人物を指し示していた。
すべての始まりは、宰相グレゴールの命令。
その時だった。
文書保管庫管理官が、何かを思い出したように顔を上げる。
「……そういえば、一つだけ思い当たることがあります」
クラウスは静かに視線を向けた。
「何だ」
「暖房器具計画に関する重要な機密文書が残されているとすれば……皇宮最深部の極秘保管庫です」
「重要機密は、一定期間が経過すると、あちらへ移されます」
監察室の空気が一気に張り詰める。
クラウスは静かに目を細めた。
「極秘保管庫か……」
小さく呟くと、宮廷監察官へ視線を向ける。
「明朝、極秘保管庫を調査する」
「一枚たりとも見落とすな」
「はっ!」
力強い返答が監察室に響いた。
クラウスは静かに息を吐くと、関係者たちへ向き直る。
「ありがとう」
「諸君の勇気ある証言は、必ず帝国を救う」
その言葉に、関係者たちの表情から少しずつ緊張が解けていく。
宮廷監察官は、一人ひとりの証言を漏らすことなく調書へ記録していた。
管理台帳。
偽造文書。
会計帳簿の改竄。
そして、関係者たちの証言。
物証と人証は、一つ、また一つと繋がり始めていた。
真実は、あと一歩のところまで迫っていたのである。




