第187話 会計の改竄
翌日。
帝都シュヴァルツブルク。
財務省特別保管庫。
皇帝代理クラウスは、宮廷監察官と会計監査官を伴い、魔導暖房器具事業に関する会計帳簿の調査を進めていた。
広大な保管庫には、年度ごとに整理された帳簿が整然と並んでいる。
事業予算。
研究費。
資材購入費。
魔法石調達費。
膨大な資料を一冊ずつ照合しながら、慎重な確認作業が続いていた。
やがて、一人の会計監査官が声を上げる。
「皇帝代理殿下」
「こちらをご覧ください」
クラウスは机へ歩み寄った。
「どうした」
監査官は二冊の帳簿を並べる。
「こちらが財務省で厳重に保管されていた原本です」
「そして、こちらが裁判で証拠として提出された帳簿の写しになります」
クラウスは無言のまま二冊を見比べた。
一見すれば同じ帳簿。
しかし数字を追うにつれ、その表情は次第に険しくなっていく。
「……金額が違う」
監査官は深く頷いた。
「はい」
「原本では暖房器具研究費として計上されていた支出が、提出された帳簿では軍事研究費へと書き換えられています」
別の監査官も一枚の資料を差し出した。
「こちらもご覧ください」
「資材購入費です」
「原本では暖房器具用の魔法石となっていますが、提出された帳簿では軍用魔導炉開発費へ変更されております」
クラウスは静かに目を細めた。
「つまり……」
「暖房器具事業を軍事計画だったように見せ掛けるため、会計帳簿そのものを書き換えたということか」
「そのとおりです」
会計監査官は力強く答えた。
「さらに調査を進めた結果、同様の改竄が複数の帳簿で確認されました」
「数字だけではありません」
「費目や支出名目まで、意図的に書き換えられています」
宮廷監察官も険しい表情で報告する。
「この規模の改竄は、一人で実行できるものではありません」
「複数の部署が組織的に関与していた可能性が極めて高いと判断します」
保管庫は重い沈黙に包まれた。
クラウスはゆっくりと帳簿を閉じる。
「管理台帳」
「偽造文書」
「そして、会計帳簿の改竄……」
一つひとつは別々の証拠だった。
しかし、それらはすべて同じ事実を示している。
誰かが計画的に証拠を捏造し、魔導暖房器具事業を軍事利用だったかのように偽装していたのだ。
クラウスは静かに立ち上がる。
「改竄された帳簿は、すべて押収する」
「原本との照合結果も詳細な報告書としてまとめよ」
「一つ残らず証拠として保全するのだ」
「はっ!」
会計監査官たちは一斉に頭を下げた。
クラウスは積み重ねられた帳簿へ静かに視線を向ける。
「数字は嘘をつかない」
「だからこそ、どれほど巧妙に隠そうとも、真実は必ず姿を現す」
その言葉には、皇帝代理としての揺るぎない決意が込められていた。
こうして、一連の不正が組織的に行われていたことを示す新たな証拠が明らかとなる。
帝国最大の陰謀は、いよいよその全貌を現し始めていたのである。




