第186話 偽造文書
その日の午後。
帝都シュヴァルツブルク。
皇宮中央棟、宮廷文書鑑定室。
皇帝代理クラウスは、管理台帳とともに裁判で提出された決裁書を宮廷文書鑑定室へ持ち込んでいた。
室内では、長年にわたり帝国の公文書を鑑定してきた三名の宮廷文書鑑定官が待機している。
机の上へ慎重に並べられたのは、裁判で証拠として提出された決裁書。
そして、宮廷魔導研究所で発見された魔導暖房器具開発計画の決裁指示書原本だった。
クラウスは静かに口を開く。
「以前、ミアが精霊眼によって署名に違和感があると指摘した」
「その指摘が正しいかどうか、公的な鑑定によって明らかにしてほしい」
三人の鑑定官は深く一礼する。
「承知いたしました」
鑑定が始まった。
紙質。
筆跡。
インクの成分。
公印。
魔法印章。
さらに、羊皮紙へ残る魔力の痕跡まで。
一つひとつの項目が慎重に比較され、詳細な検証が進められていく。
部屋には、紙をめくる音だけが静かに響いていた。
やがて、最年長の鑑定官がゆっくりと顔を上げる。
「皇帝代理殿下」
「鑑定が終了いたしました」
クラウスは真っ直ぐ鑑定官を見据えた。
「結果を聞こう」
鑑定官は報告書を開き、はっきりと告げる。
「裁判で提出された決裁書は、正式な公文書ではありません」
「極めて精巧に作成された偽造文書であると断定いたします」
その一言に、室内の空気が張り詰めた。
鑑定官は続ける。
「まず、羊皮紙の品質が異なります」
「使用されている素材は宮廷指定のものではありません」
「公印も非常に巧妙ですが、印面の彫刻に微細な相違が認められます」
「さらに、魔法印章にも改竄の痕跡が確認されました」
別の鑑定官も報告を引き継ぐ。
「筆跡は本人のものと見分けがつかないほど精巧です」
「しかし、筆圧や筆運びには不自然な特徴があり、模写された可能性が極めて高いと判断されます」
最後に、最年長の鑑定官が静かに締めくくった。
「そして決定的なのは、羊皮紙に残留する魔力です」
「裁判で提出された決裁書に残る魔力は、原本に残る陛下の魔力と一致しておりません」
「ミアが精霊眼によって見抜かれた違和感は、正式な鑑定によって完全に裏付けられました」
クラウスは静かに目を閉じ、小さく頷いた。
「そうか……」
ついに、公的機関によって結論が示された。
裁判で提出された決裁書は偽物。
本物の決裁書は持ち去られ、その代わりとして偽造文書が差し替えられていたのである。
クラウスは静かに決裁書を見つめた。
「これで、また一つ真実へ近づいた」
宮廷監察官も力強く頷く。
「管理台帳と合わせれば、原本の持ち出しから偽造文書への差し替えまで、一連の流れが証明できます」
クラウスは鑑定結果報告書を受け取り、静かに立ち上がった。
「次は、この偽造を命じた者を突き止める」
その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
こうして、公的な鑑定によって公文書偽造という重大な犯罪が証明された。
帝国最大の陰謀は、ついにその核心へと迫り始めるのであった。




