第185話 消えた足跡
翌朝。
帝都シュヴァルツブルク。
皇宮中央棟、文書保管庫。
皇帝代理として極秘再捜査を開始した皇兄クラウスは、近衛騎士団長と宮廷監察官を伴い、文書保管庫を訪れていた。
重厚な鉄扉が静かに開かれる。
その先には、年代ごとに整理された膨大な公文書が、整然と棚へ並べられていた。
保管庫管理官は深々と一礼する。
「皇帝代理殿下。本日はどの資料をご確認なさいますか」
クラウスは迷いなく答えた。
「暖房器具開発計画の決裁書だ」
「それと、公文書の貸出・返却を記録した管理台帳を見せてほしい」
「かしこまりました」
管理官は棚の奥へ向かい、一冊の分厚い帳簿を慎重に抱えて戻ってきた。
長年にわたり管理されてきた、公文書管理台帳である。
クラウスは帳簿を受け取り、静かにページをめくっていく。
歴代皇帝の決裁書。
国家事業の原本。
外交文書。
あらゆる公文書の貸出履歴が、几帳面な文字で記録されていた。
やがて、その手が一つの記録で止まる。
「……これだ」
暖房器具開発計画。
決裁書原本。
貸出記録。
そこには、貸出先として二つの名前が記されていた。
宰相グレゴール。
外務大臣レオンハルト。
クラウスは無言のまま記録を読み進める。
貸出日。
貸出責任者。
受領印。
すべて正式な手続きを経て持ち出されていた。
しかし――。
返却日の欄だけが空白になっていた。
クラウスの表情がわずかに険しくなる。
「返却記録がない……」
隣で管理官も帳簿を覗き込み、驚きの声を漏らした。
「そのような……」
「公文書は閲覧後、速やかに返却することが義務付けられております」
「返却記録が存在しないなど、本来あってはならないことです」
近衛騎士団長も厳しい表情で口を開く。
「つまり、決裁書は持ち出されたまま所在が分からなくなった、ということか」
管理官は緊張した面持ちで頷いた。
「管理台帳を見る限り、そのようになります」
保管庫に重い沈黙が流れる。
クラウスは静かに帳簿を閉じ、小さく呟いた。
「これで一つ繋がった」
暖房器具開発計画の決裁書は、確かに存在していた。
そして正式な手続きを経て保管されていた。
しかし、その後、宰相グレゴールと外務大臣レオンハルトによって持ち出され、一度も返却されていない。
偶然では片付けられない事実だった。
クラウスは静かに顔を上げる。
「管理台帳は証拠として押収する」
「厳重に保全し、何人たりとも閲覧・改竄を許すな」
「はっ!」
宮廷監察官は慎重に管理台帳を証拠箱へ収め、封印を施した。
クラウスは窓の外へ視線を向ける。
朝日が皇宮を静かに照らし始めていた。
「真実は、確実に姿を現し始めている」
「次は、この決裁書がなぜ消えたのか、その理由を突き止める」
皇兄の瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
こうして、管理台帳という改竄の難しい公的記録が、黒幕へと繋がる最初の客観的証拠となる。
帝国最大の陰謀は、一歩、また一歩と、その全貌を明らかにし始めていた。




