第183話 反撃の切り札
深夜。
皇宮中央棟を後にしたエルンスト、ミア、そして皇兄クラウスの三人は、人目を避けながら宮廷魔導研究所へと足を運んでいた。
魔導暖房器具の研究が始まった場所。
そして、宮廷筆頭魔導士クロエが長年研究を重ねてきた場所でもある。
「研究所には、開発当初の原本が保管されているはずだ」
クラウスが静かに呟く。
三人は書庫の奥へ進み、厳重に施錠された保管庫を開いた。
棚には年代ごとに整理された研究資料が整然と並んでいる。
設計図。
実験記録。
魔法石の出力試験。
膨大な資料を一冊ずつ確認していく。
静寂の中、紙をめくる音だけが響いていた。
やがて――。
「ありました」
ミアが一冊の分厚い書類を両手で取り上げる。
表紙には、力強い文字でこう記されていた。
『魔導暖房器具開発計画 原本』
三人は思わず顔を見合わせる。
慎重にページをめくると、研究開始当初の企画書、会議記録、実験報告書が綴じられていた。
そして最後の一枚。
一通の決裁指示書が現れる。
エルンストは静かに読み上げた。
「本事業は、帝国北方の厳しい寒さに苦しむ民の生活環境を改善することを目的とする」
その一文に、三人は静かに息を呑む。
さらに、その下には続きが記されていた。
「本事業は民生利用を目的として開発を進めるものとする」
そこには、エルンストの署名。
クロエの署名。
研究所長の署名。
そして宮廷魔導研究所の公印が、確かに押されていた。
ミアは静かに精霊眼を開く。
淡い光が瞳に宿り、決裁指示書へ視線を向ける。
羊皮紙には、穏やかな魔力が今もなお残されていた。
ミアは小さく微笑む。
「間違いありません」
「これは本物です」
「陛下の署名にも、本来の魔力がそのまま残っています」
エルンストは安堵したように息を吐いた。
「ようやく見つかったか……」
クラウスも深く頷く。
「ああ」
「これこそが決定的な証拠だ」
「暖房器具は最初から最後まで、帝国の民の生活を守るために開発された事業だった」
「裁判で示された軍事利用の主張とは、まったく異なる」
ミアは決裁指示書を大切そうに胸へ抱いた。
「皆さんの想いが……ちゃんと残っていました」
消えた決裁書。
偽造された署名。
それでも真実だけは消すことができなかった。
この原本こそが、すべてを物語っていたのである。
エルンストは静かに決裁指示書を閉じた。
「これで終わらせよう」
「真実を法廷で明らかにし、この陰謀に終止符を打つ」
クラウスも力強く頷く。
「今度こそ決着だ」
ミアも真っ直ぐ前を見つめる。
「はい」
三人は反撃の切り札を手に、静かに研究所を後にした。
すべては、最後の公判のために。
帝国最大の陰謀との決着は、すぐそこまで迫っていた。




