表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/24

第15話 皇兄クラウス

 皇太妃クラリッサとの面会を終えたミアは、重い足取りで皇宮の廊下を歩いていた。


 窓の外では雪が静かに降り続いている。


 胸の中も、晴れることはなかった。


 クラリッサの言葉が何度も頭の中を巡る。


『結果を示しなさい』


『今の貴女では、あの子の重荷になる未来しか見えないわ』


 何も言い返せなかった。


 すべて事実だったからだ。


 ミアは立ち止まり、小さく息を吐く。


「どうせ私なんて……」


『また始まった』


 リリが呆れたように肩をすくめる。


『その口癖、いい加減やめなよ』


 アルも腕を組みながら苦笑した。


『もっと自信を持てって』


 もちろん、その姿も声もミア以外には見えない。


 ミアが思わず苦笑した、その時だった。


「失礼」


 穏やかな声が背後から聞こえた。


 ミアは振り返る。


 そこに立っていたのは、一人の青年だった。


 美しい金髪。


 澄み切った蒼い瞳。


 整った顔立ち。


 優雅で気品ある立ち姿。


 まるで物語に登場する王子そのものだった。


 ミアは慌てて一礼する。


 その姿には見覚えがあった。


 皇宮で見た肖像画の人物だ。


「クラウス皇兄殿下……!」


 青年は柔らかく微笑んだ。


「そんなに畏まらなくていい」


「クラウスで構わないよ」


 クラウス・フォン・ヴァイスラント。


 皇帝エルンストの実兄であり、皇族の長兄として多くの者から敬愛される人物だった。


 その笑顔には、人の緊張を自然と解きほぐす不思議な温かさがあった。


「お会いできて光栄です」


「こちらこそ」


 クラウスは穏やかに頷く。


「君のことはエルンストから聞いている」


 そう言ってミアの隣へ歩み寄った。


 威圧感はまったくない。


 むしろ親しみやすく、自然と肩の力が抜けていく。


 エルンストとは対照的だった。


 エルンストも優しい。


 だが口数は少なく、感情を表に出すことも少ない。


 一方でクラウスは、柔らかな笑顔で人との距離を縮めることができる人物だった。


「帝国には慣れたかな?」


「まだ少し……」


「そうだろうね」


 クラウスは苦笑する。


「雪ばかりだから」


 ミアも思わず笑みをこぼした。


「はい」


「僕も子どもの頃は雪に飽きていたものだよ」


 何気ない会話。


 それだけで、張り詰めていた心が少しずつ軽くなっていく。


 やがて、クラウスは静かに表情を改めた。


「母上に会ったそうだね」


 ミアの身体がわずかに強張る。


「はい」


「……厳しかっただろう」


 ミアは答えられなかった。


 否定できなかったからだ。


 クラウスは小さく息を吐く。


「すまない」


 ミアは驚いて顔を上げた。


「え?」


「母上は昔から厳しい方だった」


 クラウスは静かに語る。


「だが今は……」


 一度言葉を切り、雪空へ目を向けた。


「父上とジークフリートを失ってから、さらに自分を責め続けている」


 その横顔は、どこか寂しげだった。


「本当は、とても優しい方なんだ」


 ミアは何も言えなかった。


 クラリッサの悲しみに満ちた瞳が脳裏によみがえる。


「だから、許してあげてほしい」


 クラウスは苦笑する。


「息子としての我儘だけれどね」


 その言葉に、ミアは少し驚いた。


 皇族でありながら、一人の息子として母を案じている。


 その姿は、とても人間らしく映った。


「皇太妃陛下は……」


 ミアは静かに言う。


「とても悲しそうでした」


 クラウスは一瞬だけ目を見開き、やがて優しく微笑んだ。


「君は優しい人だね」


 ミアは首を横に振る。


 そんなことはない。


 もし本当に優しかったなら、もっと上手く生きられたはずだから。


 それでもクラウスは穏やかに頷いた。


「きっと母上も、いつか君を認めるよ」


 その言葉は、不思議なほど温かかった。


 気付けば雪は弱まり、窓の外には淡い陽光が差し込んでいた。


「それでは」


 クラウスは優雅に一礼する。


「また会おう」


「はい」


 ミアも深く頭を下げた。


 クラウスは静かな足取りで去っていく。


 その背中は、皇族としての威厳と優しさを兼ね備えていた。


 姿が見えなくなると、リリがぽつりと呟く。


『いい人だったね』


『ああ』


 アルも珍しく素直に頷く。


 ミアも静かに頷いた。


 優秀で。


 温厚で。


 誰からも慕われる理想の皇兄。


 そんな評判に違わぬ人物だった。


 少なくとも、この時のミアにはそう見えていた。


 そして――。


 この時のミアはまだ知らない。


 この優しい皇兄が、やがて自分たちの運命を大きく揺るがす存在となることを。


 その穏やかな笑顔の裏で、静かに運命の歯車が回り始めていることを、まだ誰も知らなかったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ