第176話 崩れゆく陰謀
皇太妃クラリッサの証言が終わると、法廷は長い沈黙に包まれた。
誰一人として口を開かない。
その静寂こそが、証言の重みを物語っていた。
裁判長は静かに目を閉じ、深く息を吐く。
やがて陪席判事二名と視線を交わし、小さく頷いた。
「裁判所は、皇太妃陛下の証言を極めて重要な証言であると認めます」
その一言が、法廷へ重く響く。
傍聴席が静かにざわめいた。
裁判長は続ける。
「これまで提出された証拠、および証言との間には、看過できない矛盾が生じています」
「よって裁判所は、提出済み証拠ならびに全証言について、改めて再精査を命じます」
法廷がどよめく。
「再精査……!」
「つまり、証拠をもう一度調べ直すのか」
「流れが変わったぞ……」
検察官は悔しそうに拳を握り締めた。
ここまで積み上げてきた論理が、音を立てて崩れ始めている。
一方、被告席ではミアが小さく息を吐いた。
『やったね!』
リリが嬉しそうに羽を羽ばたかせる。
『まだ終わってねぇ』
アルは静かに答えた。
『だが、確実に流れはこっちへ来てる』
エルンストも静かに頷く。
クロエは腕を組んだまま、小さく目を閉じていた。
(ここまでは予定どおりじゃ)
(あとは真実が、自ら姿を現す)
裁判長は法廷全体を見渡した。
「現時点において、被告三名に対する疑いは大きく後退したものと判断します」
「今後は、本件を計画した人物の存在も視野に入れ、審理を継続します」
その言葉に、法廷は再び大きくざわめいた。
「計画した人物……」
「やはり誰かが裏で糸を引いていたのか」
「では、本当の犯人は別にいる……?」
人々の視線は、もはや被告席ではなく、この事件の真相へと向けられていた。
一方、その頃――。
最高裁判所の控室。
宰相グレゴールは険しい表情のまま窓の外を見つめていた。
その隣では、外務大臣レオンハルトが焦りを隠せずにいた。
「まずい……」
「ここまで来るとは思わなかった」
グレゴールは静かに拳を握る。
「皇太妃まで証言に立つとは……」
「完全に計算外だった」
レオンハルトは額に滲む汗を拭った。
「このまま証拠を再精査されれば……」
その先の言葉は続かなかった。
二人とも理解していた。
追い詰められているのは、もはやエルンストたちではない。
自分たちなのだと。
窓の外では、夕陽が帝都シュヴァルツブルクを赤く染めていた。
その光は、長く帝国を覆っていた陰謀の終わりを告げるかのようだった。
帝国最大の陰謀は、ついに音を立てて崩れ始める。
そして真実は、あと一歩のところまで迫っていた。




