第174話 母の証言
法廷は静寂に包まれていた。
最後の証人として証言台へ立ったのは、皇太妃クラリッサ陛下。
その気品に満ちた姿を前に、傍聴席の誰もが息を呑み、法廷は水を打ったような静けさに包まれる。
裁判長は厳かな口調で告げた。
「皇太妃陛下」
「これより証人尋問を行います」
「どうか、ありのままをご証言ください」
クラリッサは静かに一礼した。
「承知いたしました」
裁判長は最初の問いを投げかける。
「皇太妃陛下は、魔導暖房器具の開発に関わった三名――皇帝エルンスト陛下、未来の皇妃ミア殿下、宮廷筆頭魔導士クロエ殿のご様子をご覧になったことはありますか」
「ございます」
クラリッサは穏やかに答えた。
「暖房器具が完成した日、私は三人のもとを訪れました」
法廷は静まり返る。
クラリッサは当時を思い返すように目を細めた。
「暖房器具が初めて動いた瞬間――」
「三人は、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべておりました」
被告席のエルンストは静かに目を伏せる。
ミアもまた、当時を思い出したように小さく微笑んだ。
クラリッサは穏やかな口調で続ける。
「陛下は安堵したように息を吐かれました」
「未来の皇妃ミア殿下は涙を浮かべながら喜び、クロエ殿も心から安堵したように微笑んでおられました」
法廷中の誰もが、その証言に耳を傾ける。
「私は三人へ尋ねました」
『そんなに嬉しいのですか』と。
クラリッサは優しく微笑んだ。
「すると三人は、まるで示し合わせたかのように、同じ言葉を口にしたのです」
一拍置き、静かに告げる。
「『これで寒さに苦しむ民を救える』と」
その言葉は、静かな法廷によく響いた。
「三人が喜んでいた理由は、それだけでした」
「新しい魔法を完成させたことでもありません」
「名誉や功績を得ることでもありません」
「寒さに震える民を救える。」
「ただ、その願いだけだったのです」
法廷は深い静寂に包まれた。
裁判長は続けて尋ねる。
「皇太妃陛下」
「その場で、魔導暖房器具を軍事利用するという話はありましたか」
クラリッサは迷うことなく首を横へ振る。
「一度たりとも聞いたことはありません」
「軍事利用という言葉すら出ませんでした」
「三人が語っていたのは、帝国の民を寒さから守りたいという願いだけです」
その声は穏やかだった。
しかし、一言一句に揺るぎない確信が込められていた。
傍聴席から小さなどよめきが広がる。
「皇太妃陛下が、そこまで仰るとは……」
「やはり暖房器具は民のために作られたものだったのか……」
検察官は静かに唇を結び、言葉を失う。
ミアはそっとクラリッサの横顔を見つめる。
『……お母様、素敵だね』
リリが瞳を潤ませながら、小さく呟いた。
『ああ』
アルも静かに頷く。
『誰よりも近くで三人を見てきた人だからこそ、あんな証言ができるんだ』
皇兄クラウスもまた、母の証言を静かに見つめていた。
その言葉には、母としての愛情だけではない。
長年、皇太妃として帝国を見守り続けてきた者だからこそ語ることのできる重みがあった。
その証言は、人々の心へ静かに染み渡り、法廷の空気を再び大きく変え始めていた。




