第173話 最後の証人
法廷は静寂に包まれていた。
検察側が最後の切り札として提示した「記憶改竄」の可能性は、クロエの魔法学に基づく反論によって退けられた。
裁判所もまた、その主張は推測の域を出ないものと判断したのである。
裁判長は法廷全体をゆっくりと見渡し、厳かな口調で告げた。
「これまで双方の主張、証拠、証言について十分に審理を重ねてまいりました」
一拍置くと、検察席へ視線を向ける。
「検察側」
「これ以上提出する証拠、あるいは証人はいますか」
検察官は静かに首を横へ振った。
「ありません」
続いて裁判長は被告席へ向き直る。
「弁護側」
「新たな証拠、あるいは証人はいますか」
法廷中の視線がクロエへ集まる。
クロエはゆっくりと立ち上がり、裁判長を真っ直ぐ見据えた。
「おります」
その一言に、法廷がざわめく。
「まだ証人がいたのか……」
「一体誰だ?」
裁判長は静かに頷いた。
「では、その証人を」
その瞬間だった。
――ギィ……
法廷後方の大扉が、ゆっくりと開かれる。
法廷中の視線が一斉にその扉へ注がれた。
衛兵に先導され、一人の女性が静かに姿を現す。
気品ある白銀の髪。
深紅のドレスを優雅にまとい、気高く落ち着いた足取りで法廷中央へ歩みを進める。
その姿を目にした瞬間、法廷中が大きなどよめきに包まれた。
「ま、まさか……!」
「皇太妃陛下!?」
「皇太妃クラリッサ陛下だ!」
傍聴席から驚愕の声が次々と上がる。
検察官は思わず目を見開いた。
「皇太妃陛下……だと……?」
宰相グレゴールと外務大臣レオンハルトの表情も一変する。
「なぜ、このお方が……」
二人の胸に、初めて拭いきれない動揺が走った。
被告席では、ミアが思わず息を呑む。
「お母様……」
エルンストは何も語らず、静かに母の姿を見つめていた。
その瞳には、母を信じる穏やかな光が宿っている。
『来てくれたんだ……』
リリが嬉しそうに羽を震わせた。
『これで流れが変わるよ!』
アルも静かに頷く。
『いや……』
『ここからが本当の勝負だ』
クラリッサは法廷中央まで歩みを進めると、裁判長へ深く一礼した。
その凛とした佇まいに、法廷は再び水を打ったような静けさに包まれる。
裁判長は厳かに宣言した。
「これより、最後の証人尋問を行います」
最後の証人――皇太妃クラリッサ陛下。
その証言が、皇帝裁判の行方を大きく左右することになるとは、この時まだ誰も知る由はなかった。




