第171話 記憶改竄
法廷は、再び重苦しい空気に包まれていた。
検察官が口にした「記憶改竄」という言葉は、人々の心に新たな疑念を生み出していた。
裁判長は静かに検察官を見据える。
「検察側」
「その主張について、詳しく説明してください」
「承知いたしました」
検察官は一礼すると、ゆっくりと法廷全体を見渡した。
「前回公判において、被告三名の証言は、服従の呪文によって真実であることが証明されました」
「しかし、それはあくまでも『本人が真実と認識している内容』に限られます」
法廷は静まり返る。
検察官は一歩前へ進み、静かに続けた。
「もし本人の記憶そのものが改竄されていたならば、服従の呪文は意味を成しません」
「本人は偽りの記憶を真実だと信じているのですから」
その言葉に、傍聴席から息を呑む声が漏れる。
「なるほど……」
「そういう理屈か……」
「服従の呪文にも盲点があるのか」
検察官は被告席へ視線を向けた。
「そして被告の一人は、帝国最高の魔導士――宮廷筆頭魔導士クロエです」
「数々の魔法理論を確立し、帝国魔法学を発展させてきた第一人者」
「そのクロエであれば、禁呪である記憶改竄魔法を行使できたとしても、何ら不思議ではありません」
法廷は再びざわめき始める。
「確かにクロエ殿ほどのお方なら……」
「あり得ない話ではないのかもしれん」
検察官はさらに畳み掛けた。
「仮にクロエが、自らを含めた三人へ同じ偽りの記憶を植え付けていたとしましょう」
「三人は国家反逆など考えていないと、本気で信じ込むことになります」
「その状態で服従の呪文を受ければ、三人は迷うことなく『反逆していない』と証言するでしょう」
「そして、その証言は服従の呪文によっても真実と判定されます」
法廷は騒然となった。
「そんなことまで……」
「もし本当に可能なら……」
「三人の潔白は証明されたことにならないじゃないか」
ミアは思わずクロエを見つめる。
「クロエ様……」
『なんだか嫌な流れだよ……』
リリが不安そうに呟いた。
『全部ひっくり返されそう……』
アルも腕を組み、小さく息を吐く。
『相手も必死ってことだ』
『だが、ここまで苦しい理屈を持ち出してきたってことは、それだけ追い詰められてる証拠でもある』
一方、皇兄クラウスは静かに検察官の主張へ耳を傾けていた。
(理屈としては筋が通っている……)
(だが、クロエ殿ほどの人物が、そのような禁呪に手を染めるだろうか)
胸に浮かんだ疑問は消えない。
検察官は最後に裁判長へ向き直った。
「以上が検察側の見解です」
「服従の呪文だけをもって、被告らの潔白を証明したと結論付けることはできません」
法廷は再び静寂に包まれる。
誰もがクロエへ視線を向けていた。
老魔導士は腕を組んだまま静かに目を閉じている。
その表情に焦りはない。
まるで、この反論が来ることを最初から予期していたかのようだった。
(やはり、その一手で来たか)
クロエは胸の内で静かに呟く。
(ならば――)
(今度は、魔法学そのものがおぬしらの主張を覆す番じゃ)
老魔導士はゆっくりと目を開く。
その鋭い眼差しが、静かに検察席を射抜いた。
法廷は再び、反論の瞬間を待つ静寂に包まれていた。




