第170話 第三公判
数日後。
帝都シュヴァルツブルク、ヴァイスラント帝国最高裁判所。
皇帝裁判第三公判の日を迎えていた。
早朝から法廷前には大勢の人々が詰めかけている。
貴族。
高官。
軍人。
学者。
そして帝都の民。
誰もが、この歴史的裁判の行方を見届けようとしていた。
前回の公判では、皇帝エルンスト、未来の皇妃ミア・ランベルト、宮廷筆頭魔導士クロエの三人が、服従の呪文によって一切嘘をついていないことが証明された。
しかし、それは三人の潔白を示したに過ぎない。
本件を計画した人物は、いまだ明らかになっていなかった。
そのため裁判は継続され、第三公判が開かれることとなったのである。
やがて裁判長が入廷し、木槌を打ち鳴らす。
「これより第三公判を開廷します」
乾いた音が法廷中へ響き渡った。
被告席にはエルンスト、ミア、クロエの三人が静かに並んでいる。
傍聴席最前列では、皇帝代理クラウスが厳しい表情で審理を見守っていた。
裁判長は検察席へ視線を向ける。
「検察側」
「新たな主張はありますか」
検察官はゆっくりと立ち上がった。
その表情には、まだ敗北を認める色はない。
「あります」
法廷中の視線が一斉に集まる。
検察官は静かに口を開いた。
「前回公判において、被告三名の証言は服従の呪文によって真実であることが確認されました」
「しかし、それをもって無罪と断定することはできません」
傍聴席がざわめく。
「どういうことだ?」
「まだ何かあるのか……?」
検察官は法廷全体を見渡しながら続けた。
「服従の呪文が強制するのは、『本人が真実と認識していること』を語ることです」
一拍置き、静かに言い放つ。
「では、もし――」
「その記憶そのものが改竄されていたとしたら、どうでしょう」
一瞬、法廷から音が消えた。
そして次の瞬間。
「なっ!?」
「記憶改竄だと!?」
「そんな魔法があるのか!」
法廷は再び騒然となる。
ミアも思わず息を呑んだ。
「記憶……改竄……?」
『そんな魔法まであるの!?』
リリが目を丸くする。
『聞いたことねぇぞ……』
アルも険しい表情で検察官を睨みつけた。
検察官は人々の反応を見渡しながら、さらに言葉を重ねる。
「宮廷筆頭魔導士クロエほどの大魔導士であれば、記憶改竄魔法を行使することも理論上は可能でしょう」
「もし被告三名が、同じ偽りの記憶を植え付けられているのであれば――」
「服従の呪文によっても、その証言は『真実』として成立してしまいます」
その一言は、法廷へ大きな衝撃を与えた。
「確かに……」
「その可能性があるのか?」
「なら、服従の呪文だけでは潔白を証明したことにならないのでは……」
ようやく落ち着きを取り戻しかけていた法廷は、再び疑念に包まれていく。
一方、クロエは腕を組んだまま静かに検察官を見つめていた。
その老いた瞳に動揺はない。
むしろ、この反論を予期していたかのような静けさがあった。
(やはり、そこを突いてきたか)
老魔導士は胸の内で静かに呟く。
(ならば――)
(次は、わしの番じゃ)
静かなる反撃の幕が、今まさに上がろうとしていた。




