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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第167話 宮廷筆頭魔導士

 法廷は静まり返っていた。


 皇帝エルンスト。


 未来の皇妃ミア・ランベルト。


 二人の証言は、服従の呪文によって一切の偽りがないことが証明された。


 それまで検察側へ傾いていた法廷の空気は、今、静かに変わり始めている。


 そして最後の証人が、ゆっくりと立ち上がった。


 宮廷筆頭魔導士クロエ。


 裁判長は厳かに告げる。


「被告クロエ」


「証言台へ」


「承知しました」


 クロエはゆっくりと証言台へ歩み出る。


 しかし、その足を止めると裁判長へ深く一礼した。


「裁判長」


「わしへの服従の呪文は、裁判所が指名する第三者の宮廷魔導士に執行していただきたい」


 法廷がざわめく。


 裁判長は静かに問い掛けた。


「理由を述べてください」


 クロエは穏やかに答える。


「わし自身が術者となれば、公平性を疑う者も現れましょう」


「真実を証明する以上、わしだけが例外であってはなりません」


「どうか、裁判所直属の宮廷魔導士に執行していただきたい」


 裁判長は陪席判事と視線を交わし、小さく頷いた。


「異議ありません」


「裁判所直属宮廷魔導士、前へ」


 一人の宮廷魔導士が証言台へ進み出る。


 魔導監察官立ち会いのもと、慎重に術式が構築されていく。


「服従の呪文を執行します」


 静かな詠唱が法廷へ響く。


 魔法陣が眩く輝き、淡い光がクロエの身体を包み込んだ。


 やがて光は静かに収束する。


 魔導監察官が確認した。


「術式に異常なし」


「正常に発動しております」


 裁判長は静かに頷く。


「では、証言を始めます」


 法廷は再び水を打ったような静寂に包まれた。


 裁判長が問い掛ける。


「被告クロエ」


「あなたは魔導暖房器具事業を国家反逆のために計画しましたか」


 クロエは迷うことなく答えた。


「いいえ」


 魔法陣は何の反応も示さない。


 傍聴席からどよめきが広がる。


 裁判長は続けた。


「では、魔法石の高出力化を進めた目的を述べてください」


 クロエは静かに語り始める。


「寒冷地でも十分な暖房効果を得るためです」


「帝国北方の厳しい寒さでは、従来の魔法石では十分な熱量を維持できません」


「より安定して、より長時間熱を供給できる魔法石が必要でした」


「そのため、高出力化の研究と開発を進めたのです」


 魔法陣は静かなままだった。


 裁判長はさらに問い掛ける。


「軍事利用を目的として研究を進めたことはありますか」


 クロエは力強く首を横へ振った。


「一度たりともありません」


「わしが研究してきたのは、人を傷つけるための魔法ではありません」


「寒さに震える民を温め、命を守るための魔法です」


「それが宮廷魔導士として、そして研究者としての、わしの誇りです」


 その証言にも、魔法陣は一切反応しなかった。


『……本当だった』


 リリが小さく呟く。


『クロエ様、最初から嘘なんてついてなかったんだ』


 アルも静かに頷いた。


『ああ』


『あの婆さんは、最初から帝国の民を救うことしか考えてなかった』


 服従の呪文は、クロエの言葉が紛れもない真実であることを証明していた。


 法廷は深い静寂に包まれる。


「クロエ殿も……」


「嘘をついていない……」


「では、一体誰が、この事件を仕組んだというのだ……」


 人々の視線は、自然と検察席へ向き始める。


 検察官は険しい表情で拳を握り締めた。


 三人全員の証言が、禁呪によって真実であると証明された。


 提出された証拠は本物。


 しかし、三人もまた嘘をついていない。


 法廷は、かつてない大きな矛盾を抱えることとなった。


『流れが変わった』


 アルが静かに呟く。


『うん』


 リリも真剣な表情で頷いた。


『本当の戦いは、これからだね』


 皇兄クラウスは静かに目を閉じた。


(エルンストも……)


(ミア殿も……)


(そしてクロエ様も潔白……)


(ならば、この事件の裏には、必ず真の黒幕がいる)


 法廷の空気は完全に変わっていた。


 もはや問われるべきは、三人の潔白ではない。


 ――真の黒幕は誰なのか。


 その新たな問いが、法廷にいるすべての者の胸へ深く刻み込まれたのであった。

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