第166話 未来の皇妃
法廷には、なおも張り詰めた空気が漂っていた。
服従の呪文によって、皇帝エルンストの証言に一切の偽りがないことが証明された。
その衝撃は、まだ法廷中の誰の胸にも残っている。
裁判長は静かに視線を移した。
「続いて、被告ミア・ランベルト」
「証言台へ」
「はい」
ミアは静かに立ち上がる。
深く息を吸い、ゆっくりと証言台へ歩み出た。
魔法陣が淡く輝き、その身体を優しく包み込む。
クロエは静かに術式を確認する。
「服従の呪文は正常に作用しております」
裁判長は頷いた。
「では、証言を始めます」
法廷には物音一つない。
誰もが息を潜め、その瞬間を見守っていた。
裁判長が厳かに問い掛ける。
「被告ミア・ランベルト」
「あなたは国家反逆へ加担しましたか」
ミアは真っ直ぐ前を見据え、迷うことなく答えた。
「いいえ」
魔法陣は静かなままだった。
法廷に小さなどよめきが広がる。
裁判長は続ける。
「では、あなたが魔導暖房器具の開発へ携わった理由を述べてください」
ミアはゆっくりと息を吸い、静かに語り始めた。
「私が帝国へ来て最初の冬のことでした」
「街では多くの方々が寒さに耐えながら暮らしていました」
「幼い子どもたちも、お年寄りも、厚着をしていても震えていました」
その光景を思い出すように目を伏せる。
「私は、その姿を見て胸が痛みました」
「どうすれば、この方々を救えるのだろうと、ずっと考えていました」
法廷は静まり返る。
ミアは顔を上げ、静かに続けた。
「私は精霊眼を持っています」
裁判長が眉をひそめる。
「精霊眼とは、どのような能力なのですか」
ミアは丁寧に答えた。
「精霊眼とは、世界に満ちる魔素、そして魔素を構成する魔粒子――エレメントを見ることができる特殊な魔眼です」
「さらに、生き物が体内で生み出す魔力や、魔法石の内部を流れる魔力の循環までも視認することができます」
法廷が小さくざわめいた。
「魔素が見えるのか……」
「魔粒子まで見えるとは……」
「伝承に記された魔眼ではないか」
『やっと話せたね』
リリがほっとしたように微笑む。
『ずっと隠してきた力だもんな』
アルも静かに頷いた。
裁判長は続けて尋ねる。
「その力によって、魔導暖房器具の着想を得たということですか」
「はい」
ミアは力強く頷いた。
「魔法石の中を流れる魔力を見た時、この力を熱へ変換できれば、多くの人々を寒さから救えると思いました」
「その考えを陛下へお伝えし、クロエ様にもご協力いただいて、魔導暖房器具の開発が始まったのです」
裁判長はさらに問い掛ける。
「軍事利用を目的として開発したことはありますか」
「ありません」
魔法陣は何の反応も示さない。
その言葉もまた、真実だった。
『当然だよ!』
リリが胸を張る。
『ミアは人を助けることしか考えてなかった』
アルも力強く頷いた。
『オレたちが一番よく知ってる』
裁判長は最後の問いを投げ掛ける。
「では、あなたの願いは何だったのですか」
ミアは優しく微笑んだ。
「誰も寒さで苦しまない国になってほしかった」
「ただ、それだけです」
「寒さで命を落とす人がいなくなってほしかった」
「子どもたちが温かな家で安心して眠れる国になってほしかった」
「その願いだけで、私は開発へ携わりました」
その証言にも、魔法陣は一切反応しない。
法廷は深い静寂に包まれた。
やがて、傍聴席のどこからともなく、小さな声が漏れる。
「ミア殿下は……」
「本当に民のことだけを考えておられたのか……」
「こんなお方が国家反逆など……」
人々の表情から疑念が少しずつ薄れていく。
『よかったぁ……』
リリは胸を撫で下ろした。
『まだ終わりじゃねぇ』
アルは静かにクロエへ視線を向ける。
『次はクロエの番だ』
未来の皇妃ミア・ランベルトの言葉は、服従の呪文によって偽りなき真実であることが証明された。
検察官は静かに唇を結ぶ。
その表情からは、先ほどまでの余裕が消え始めていた。
皇兄クラウスもまた、ミアの証言を一言一句逃すまいと見つめていた。
(弟だけではない……)
(ミア殿もまた、民を救うことだけを願っていた)
法廷の空気は、確かに変わり始めていた。
検察側が積み上げてきた「国家反逆」という物語は、二人の偽りなき証言によって静かに揺らぎ始めていたのである。




