第162話 禁呪
クロエの提案により、法廷は騒然となった。
「服従の呪文だと!?」
「正気か!」
「禁呪を裁判で使うというのか!」
怒号にも似た声が法廷中へ響き渡る。
裁判長は木槌を何度も打ち鳴らした。
「静粛に!」
「静粛に!」
乾いた音が法廷へ響き、ようやく騒ぎは収まっていく。
裁判長は厳しい眼差しをクロエへ向けた。
「被告クロエ」
「あなたは今、自ら禁呪の使用を提案しました」
「その意味を理解しているのですか」
クロエは静かに頷く。
「もちろんです」
その迷いのない返答に、法廷は再びざわめいた。
裁判長は深く息を吐き、静かに説明を始める。
「服従の呪文は、帝国法によって使用を禁じられた禁呪です」
「数ある禁呪の中でも、人の精神へ直接干渉する極めて危険な魔法として封印されています」
法廷は静まり返る。
裁判長はさらに続けた。
「服従の呪文を受けた者は、術者からの問いに対し、一切の虚偽を口にすることができません」
「嘘をつこうとした瞬間、呪文が精神へ反作用を起こします」
「その苦痛は想像を絶すると言われています」
陪席判事の一人も口を開く。
「軽ければ激痛と精神錯乱」
「重ければ精神が崩壊し、二度と正常な人格を保てなくなる危険性があります」
傍聴席から息を呑む音が漏れた。
「そんな恐ろしい魔法を……」
「だから禁呪なのか……」
未来の皇妃ミアも小さく息を呑む。
『そんな魔法まであるの……』
リリが震えた声で呟く。
『もし嘘をついたら終わりってことか……』
アルも険しい表情を浮かべた。
裁判長は静かに首を横へ振る。
「認められません」
「いかなる理由があろうとも、この法廷で禁呪の使用は許可できません」
陪席判事たちも同意するように頷いた。
「同意します」
「人権を侵害する魔法を司法が認めれば、帝国司法そのものの信頼が失われます」
誰もが裁判長の判断は当然だと思った。
しかし、クロエだけは一歩も引かなかった。
「だからこそです」
静かな一言が法廷へ響く。
全員の視線が再びクロエへ集まる。
「証拠は本物」
「証言も嘘ではない」
「だからこそ、このままでは真実へ辿り着くことはできません」
クロエは裁判長を真っ直ぐ見据えた。
「潔白を証明する唯一の方法が、この服従の呪文なのです」
その言葉に、法廷は再び大きく揺れた。
裁判長も陪席判事も、すぐには返す言葉が見つからない。
禁呪を認めれば、司法の理念が揺らぐ。
認めなければ、真実は永遠に闇へ葬られるかもしれない。
帝国司法は今、建国以来かつてない難題を突き付けられていたのである。




