第161話 第二公判
翌朝。
帝都シュヴァルツブルク、ヴァイスラント帝国最高裁判所。
帝国建国以来初となる現職皇帝裁判、その第二公判が開廷した。
法廷には前日にも劣らぬ数の傍聴人が詰めかけている。
貴族。
高官。
軍人。
学者。
各国から訪れた外交使節。
誰もが、この歴史的裁判の行方を見届けようとしていた。
被告席には、皇帝エルンスト、未来の皇妃ミア・ランベルト、宮廷筆頭魔導士クロエの三人が静かに並ぶ。
やがて裁判長が木槌を鳴らした。
「これより第二公判を開廷します」
乾いた音が法廷中へ響き渡る。
検察官はゆっくりと立ち上がり、自信に満ちた表情で一礼した。
「裁判長」
「昨日までの審理により、被告らが国家反逆へ関与していた疑いは、より一層深まったものと考えます」
その言葉に、傍聴席から小さなどよめきが起こる。
検察官は被告席を見据え、静かに続けた。
「本日も引き続き証人尋問を行い、本件をさらに立証いたします」
法廷の空気は依然として検察側優勢だった。
傍聴席最前列では、皇帝代理である皇兄クラウスが静かに裁判を見守っている。
弟を信じたい。
しかし、法を曲げることはできない。
その葛藤を胸に秘めながら、ただ静かに審理の行方を見つめていた。
裁判長は被告席へ視線を向ける。
「弁護側、意見はありますか」
その瞬間だった。
「あります」
静かな声が法廷へ響いた。
全員の視線が、一斉に被告席へ向く。
ゆっくりと立ち上がったのは、クロエだった。
老魔導士は法廷全体を静かに見渡し、ゆっくりと口を開く。
「裁判長」
「わしから、一つ提案があります」
検察官が眉をひそめる。
「提案、ですと?」
クロエは静かに頷いた。
「このまま証拠と証言を積み重ねても、互いの主張は平行線のままでしょう」
「ならば、真実を明らかにする別の方法を用いるべきです」
法廷は水を打ったように静まり返る。
誰もが次の言葉を待っていた。
クロエは一呼吸置き、はっきりと言い放つ。
「服従の呪文による証言を行いましょう」
一瞬――。
法廷から音が消えた。
そして次の瞬間。
「なっ……!」
「服従の呪文だと!?」
「まさか禁呪を使う気か!」
法廷は一気に騒然となる。
傍聴席から驚愕の声が次々と飛び交った。
「正気か!?」
「人権を踏みにじる禁呪だぞ!」
「宮廷筆頭魔導士が何を言い出す!」
未来の皇妃ミアも驚きに目を見開く。
「クロエ様……?」
エルンストも静かにクロエを見つめた。
その表情は変わらない。
しかし、その提案の真意だけは読み切れなかった。
『クロエ、何を言ってるの!?』
リリが慌てて声を上げる。
『まさか、本当に……』
アルも険しい表情でクロエを見つめた。
『あの婆さん……何を考えてやがる』
検察官はゆっくりと口元を緩める。
「これは意外ですな」
「まさか被告自ら、そのような提案をされるとは」
法廷中の誰もが同じことを考えていた。
「血迷ったのか、あの宮廷筆頭魔導士は……」
「ついに観念したのではないか」
「味方を売ってでも助かろうというつもりか」
「まさか、本当に寝返ったのか……?」
疑念は瞬く間に法廷全体へ広がっていく。
クロエは追い詰められ、ついにエルンストとミアを見限ったのではないか。
味方であるはずの宮廷筆頭魔導士が、敵へ寝返ろうとしているのではないか。
誰もがそう思い始めていた。
しかし――。
クロエだけは静かだった。
その老いた瞳には、一切の迷いはない。
誰にも理解されなくても構わない。
今はまだ、その時ではない。
帝国を救うための反撃は、ここから始まるのだから。




