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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第159話 揺らぐ民心

 皇帝裁判が開廷してから数日。


 連日にわたる審理の内容は、瞬く間に帝都シュヴァルツブルク中へ広まっていた。


 広場。


 市場。


 酒場。


 喫茶店。


 人々が集まる場所では、誰もが皇帝裁判の話題を口にしている。


「信じられない」


「皇帝陛下が国家反逆なんて……」


「でも、裁判では証拠がたくさん出ていたそうだ」


「証人も何人も証言したらしいぞ」


 噂は噂を呼び、真実と憶測が入り混じりながら帝都中へ広がっていく。


 人々の胸には、少しずつ不安が芽生え始めていた。


 その中には、魔導暖房器具によって救われた人々もいる。


 ある老夫婦は、自宅の暖炉の前で静かに語り合っていた。


「去年の冬は、この暖房器具があったから助かったねぇ」


「ああ」


「もう寒さに震えなくて済んだ」


 老爺は暖炉のそばに置かれた魔法石へ、そっと手を添える。


「陛下のおかげで、わしらは冬を越えられた」


 しかし、老婆は複雑そうな表情を浮かべた。


「でも……裁判では悪いことをしていたって……」


 老爺は静かに首を横へ振る。


「わしは陛下を信じたい」


「じゃが、あれだけ証拠があると言われるとな……」


 二人は言葉を失った。


 別の場所では、幼い子どもを抱いた母親たちも同じような会話を交わしていた。


「暖房器具がなかったら、この子は冬を越せなかったわ」


「私もそう思う」


「だから信じたいの」


「でも……」


 その先の言葉は続かない。


 証拠。


 証言。


 裁判。


 積み重ねられていく事実が、人々の心を少しずつ揺らしていた。


 信じたい気持ちと、法廷で示される数々の証拠。


 その狭間で、民心は静かに揺れ始めていた。


 それこそが、黒幕たちの狙いだった。


 その日の裁判が終了した夕刻。


 皇宮では、皇帝代理となった皇兄クラウスが皇帝執務室で各地から届けられた報告書へ目を通していた。


「帝都各地の民衆は、不安を抱き始めています」


 文官が深く頭を下げる。


「魔導暖房器具事業そのものを疑問視する声も増えております」


 クラウスは静かに書類を閉じた。


「そうか……」


 短い返答だった。


 しかし、その胸には重いものがのしかかっていた。


 弟を信じたい。


 だが、皇帝代理である以上、私情で裁判へ介入することは許されない。


 法の公正を守ることこそ、自らに課せられた責務だった。


「他国の反応は」


 クラウスが尋ねる。


 別の文官が一歩前へ進み出た。


「各国とも静観しております」


「ですが、裁判が長引けば外交問題へ発展する恐れがあります」


 クラウスはゆっくりと立ち上がり、窓辺へ歩み寄る。


 眼下には帝都シュヴァルツブルクの街並みが広がっていた。


 商人は店を開き、人々は行き交い、子どもたちは笑顔で走り回っている。


 一見すれば、平穏そのものだった。


 だが、その平穏は決して本物ではない。


(エルンスト……)


(お前なら、この状況をどう見る)


 クラウスは静かに目を閉じた。


 弟ならば、きっと民を第一に考える。


 だからこそ、自分も皇帝代理として帝国を守らなければならない。


 私情ではなく、法によって。


 それが兄として、弟へ報いる唯一の道だと信じて。


 やがて、西の空は茜色から群青色へとゆっくり染まり変わっていく。


 静まり返る皇宮。


 しかし、その夜もなお、一つの部屋だけには灯りがともり続けていた。


 宮廷筆頭魔導士クロエの研究室である。


 その灯火が、帝国の運命を大きく変える反撃の狼煙となることを、この時まだ誰も知る由はなかった。

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