第158話 追い詰められる三人
証人尋問は、なおも続いていた。
一人。
また一人。
証言台へ立つ者たちは、いずれも魔導暖房器具事業に関わった役人や研究員たちだった。
「事業拡大の指示は皇帝陛下からでした」
「魔法石の増産命令も確認しております」
「宮廷筆頭魔導士クロエ殿の指示で改良が進められました」
「未来の皇妃ミア・ランベルト殿下も事業に深く関わっておられました」
どの証言も嘘ではない。
だが、そこには決定的に欠けているものがあった。
――民を寒さから救うためという、本来の目的である。
その最も重要な事実だけが、巧みに切り離されていた。
検察官は一人ひとりの証言を丁寧に積み重ねていく。
まるで石を一枚ずつ積み上げるように。
やがてそれは、三人を囲む巨大な壁となっていった。
「弁護側、反対尋問を」
裁判長の声に、弁護人が静かに立ち上がる。
「証人」
「魔導暖房器具事業は、民を寒さから救うために始められた事業ではありませんでしたか」
「……はい」
「魔法石の高出力化も、寒冷地でも十分な暖房効果を得るための改良だったのではありませんか」
「その認識で間違いありません」
法廷がわずかにざわつく。
弁護人はさらに問い掛けた。
「つまり、軍事利用を目的とした開発ではありませんね」
証人は少し迷った末、小さく頷く。
「私が知る限りでは……そのような説明は受けておりません」
弁護人は裁判官へ向き直った。
「ご覧ください」
「証人自身も、軍事利用を確認しておりません」
しかし、その瞬間。
検察官がゆっくりと立ち上がる。
「異議があります」
「証人は事業目的を断定できる立場にはありません」
「事実として、高出力化が行われたことに変わりはありません」
裁判長は静かに頷いた。
「異議を認めます」
「弁護側は推測による質問を控えてください」
弁護人は悔しそうに唇を噛み、自席へ戻る。
決定打にならない。
事実を語ることはできても、それを裏付ける決定的な証拠が存在しなかった。
被告席で、ミアは静かに俯く。
(伝わらない……)
(本当のことなのに……)
『ミア……』
リリがそっと肩へ寄り添う。
『大丈夫だ』
アルも静かに言った。
『まだ終わったわけじゃない』
その隣では、エルンストが静かに正面を見据えていた。
表情は変わらない。
だが、その瞳には揺るぎない意志が宿っている。
クロエも腕を組んだまま、法廷全体を静かに見渡していた。
(ここまでは相手の思惑どおりじゃ)
(じゃが……まだ終わりではない)
老魔導士の鋭い視線は、検察席をまっすぐ捉えていた。
一方、傍聴席では不安の声が広がり始める。
「弁護側は押されている……」
「やはり証拠の方が重いのではないか」
「まさか、本当に陛下が……」
人々の心は、少しずつ検察側へ傾いていった。
その様子を、皇兄クラウスは静かに見つめていた。
(法廷の流れが悪い……)
(弁護側の主張は理解できる)
(だが、それを裏付ける決定的な証拠がない)
兄としては弟を信じたい。
しかし皇帝代理として、法廷へ私情を持ち込むことは許されない。
今はただ、真実が明らかになることを願うしかなかった。
検察官は静かに立ち上がる。
その表情には、すでに勝利を確信したような余裕が浮かんでいた。
「裁判長」
「本日の証人尋問は以上です」
深々と一礼し、自席へ戻る。
その姿に迷いはない。
法廷の空気は、完全に検察側のものとなりつつあった。
三人は少しずつ、しかし確実に追い詰められていく。
そして検察側は、この裁判の勝利を確信し始めていたのである。




