第157話 証人尋問
積み上げられた証拠書類を前に、法廷は重苦しい空気に包まれていた。
裁判長は静かに木槌を鳴らす。
「続いて証人尋問へ移ります」
「検察側、証人を」
「承知いたしました」
検察官は一礼すると、証人席へ静かに視線を向けた。
「最初の証人を召喚します」
法廷の扉が開く。
姿を現したのは、魔導暖房器具事業を担当していた中央官庁の役人だった。
証人は緊張した面持ちで証言台へ立ち、宣誓を終える。
「証人、被告エルンストについて知る事実を述べてください」
「……はい」
役人は一度深呼吸すると、静かに語り始めた。
「魔導暖房器具事業は、すべて皇帝陛下のご裁可によって進められました」
「予算の増額も、追加生産も、最終決裁は陛下です」
傍聴席がざわめく。
検察官は間髪入れず問い掛ける。
「つまり、被告エルンストは事業の全容を把握していたということですね」
「そのとおりです」
短い返答だった。
しかし、その一言は法廷全体へ重く響いた。
続いて、魔導研究所の主任研究員が証言台へ立つ。
「魔法石は、本来の計画を大きく上回る数量が製造されました」
「また、理論上は軍事転用も可能です」
検察官は頷く。
「その事実を皇帝は承知していましたか」
「……はい」
再び法廷がざわつく。
ミアは思わず拳を握り締めた。
(違う……)
(軍事利用のためじゃない)
(寒さに苦しむ人々を救うためだったのに……)
『悔しいよ……』
リリが目を潤ませる。
『みんな本当のことしか言ってないのに』
『でも、大事なことを言ってない』
アルが低く呟く。
『これじゃ印象操作だ』
証人尋問は続いていく。
物流担当官。
財務官僚。
地方行政官。
一人、また一人と証言台へ立ち、それぞれ事業に関わった事実だけを語っていく。
「大量生産の指示がありました」
「国家予算が追加投入されました」
「各地方へ優先的に配布されました」
どの証言も嘘ではない。
だが、そこには最も重要な事実が欠けていた。
――すべては民を寒さから救うためだったという事実が。
検察官は巧みに質問を重ね、その空白を利用して法廷へ一つの印象を植え付けていく。
すべては国家反逆の準備だった、と。
「異議あり」
弁護人が立ち上がる。
「証人は事実のみを証言しています」
「その目的については証言しておりません」
「検察側は推測による誘導を行っています」
裁判長は静かに頷いた。
「異議を一部認めます」
「検察側は誘導的な質問を控えてください」
「承知いたしました」
検察官は冷静な表情で頭を下げる。
しかし、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
法廷の空気は、すでに検察側へ傾き始めている。
多少の注意を受けたところで流れは変わらない。
続いて証言台へ立ったのは、魔導暖房器具開発へ携わった研究員だった。
「被告クロエは、魔法石の改良について幾度も指示を出していました」
検察官が問い掛ける。
「より高出力の魔法石を開発するよう命じたのですね」
「……はい」
傍聴席から再びどよめきが起こる。
クロエは腕を組んだまま微動だにしなかった。
(そこを突いてきたか)
(さすがは帝国監査局じゃ)
本来、高出力化は寒冷地でも十分な暖房効果を得るための改良だった。
だが検察側は、それを軍事利用への布石として印象付けている。
弁護人も反論する。
「高出力化は暖房性能向上を目的とした技術改良です」
「軍事利用を目的としたものではありません」
しかし、それを裏付ける決定的な証拠は示せなかった。
裁判長は静かに記録係へ命じる。
「双方の主張を記録してください」
「はい」
証人尋問はなおも続く。
一人証言するたびに、提出された証拠は補強されていく。
法廷の空気は、少しずつ、しかし確実に検察側へ傾いていった。
傍聴席からも不安げな囁きが漏れ始める。
「証拠だけではない……」
「証人まで揃っているのか」
「まさか、本当に……」
その声を聞きながら、皇兄クラウスは静かに目を閉じた。
(証言は積み重なっていく……)
(だが、まだ決定的ではない)
(真実は、この先で必ず明らかになるはずだ)
兄としての想いを胸の奥へ押し込み、皇帝代理として冷静に法廷を見守る。
一方、被告席ではミアが不安そうにエルンストを見つめる。
エルンストは静かに頷くだけだった。
――まだ終わってはいない。
そう語るように。
しかし、その静かな覚悟とは裏腹に、法廷の流れは確実に検察側のものとなりつつあった。
三人は少しずつ、しかし確実に追い詰められていくのだった。




