第154話 皇帝裁判開廷
帝都シュヴァルツブルク。
ヴァイスラント帝国最高裁判所。
その日、帝国史に永遠に刻まれる歴史的な朝が訪れた。
普段は厳粛な静寂に包まれる大法廷も、この日ばかりは異様な熱気に満ちていた。
傍聴席には帝国中の貴族、高官、軍人、学者、商人が集まり、さらに友好国から派遣された外交使節たちの姿もある。
誰もが固唾を呑み、その瞬間を待っていた。
帝国建国以来、初めて。
現職皇帝が被告として裁かれる日だからである。
やがて、大法廷の扉がゆっくりと開かれた。
「被告人、入廷」
廷吏の声が法廷中へ響き渡る。
先頭を歩くのは近衛騎士たち。
その後ろから三人の人物が静かに姿を現した。
皇帝エルンスト・フォン・ヴァイスラント。
未来の皇妃ミア・ランベルト。
そして宮廷筆頭魔導士クロエ。
三人は堂々とした足取りで中央通路を進み、被告席へと向かう。
その姿を目にした瞬間、法廷中がどよめいた。
「本当に陛下が……」
「まさか皇帝が被告席へ座るとは……」
「未来の皇妃殿下まで……」
「宮廷筆頭魔導士まで被告とは……」
誰もが目を疑っていた。
皇帝とは帝国の象徴。
国を統べ、法を守る最高権力者。
その皇帝が今、被告席へ座ろうとしている。
前代未聞の光景だった。
エルンストは静かに席へ腰を下ろす。
その表情に焦りはない。
ただ真っ直ぐ前だけを見据えていた。
ミアもその隣へ腰を下ろす。
胸の鼓動は速い。
それでも決して俯かなかった。
(私は何も間違ったことはしていない)
その時だった。
『……ミア』
小さな声が耳元で響く。
肩へ目を向けると、風の妖精リリが不安そうな表情で寄り添っていた。
『すごい人……』
『みんな怖い顔してる……』
反対側では、火の妖精アルが腕を組みながら法廷を見渡している。
『すげぇ空気だな』
『息が詰まりそうだ』
ミアは小さく息を吐いた。
(大丈夫)
(私は逃げない)
心の中でそう呟く。
リリは優しく微笑み、小さな手をミアの肩へ添えた。
『私たちも一緒だから』
『最後まで絶対離れないよ』
アルも力強く頷く。
『真実は負けねぇ』
二人の言葉に、張り詰めていた心が少しだけ軽くなった。
クロエは最後に被告席へ着くと、腕を組みながら法廷全体を静かに見渡した。
老いた瞳は少しも曇ることなく、鋭い光を宿している。
(さて……ここからが本番じゃ)
誰にも聞こえぬほど小さく呟く。
その横顔には、不思議なほどの落ち着きがあった。
「裁判長、入廷!」
廷吏の号令とともに、法廷内の全員が一斉に立ち上がる。
静寂の中、裁判長と二名の陪席判事がゆっくりと入廷し、それぞれの席へ着いた。
「着席」
全員が静かに腰を下ろす。
張り詰めた空気が法廷を支配した。
続いて検察席。
帝国監査局特別検察官がゆっくりと立ち上がる。
今回、三人を起訴した責任者である。
鋭い眼差しを被告席へ向け、一礼した。
一方、弁護席には帝国屈指の法曹たちが並んでいた。
しかし、その表情に余裕はない。
相手は帝国監査局。
膨大な証拠と証人を揃えた帝国最高の捜査機関であり、法廷の空気はすでに検察側へ傾き始めていた。
傍聴席最前列では、皇帝代理となった皇兄クラウスが静かに法廷を見つめている。
兄としては弟を信じたい。
だが皇帝代理としては、法の公正を守らなければならない。
二つの想いを胸に秘めながらも、その表情に私情は一切見せなかった。
法廷は水を打ったような静けさに包まれる。
やがて裁判長は、ゆっくりと木槌を手に取った。
「これより、皇帝エルンスト・フォン・ヴァイスラント、ミア・ランベルト、宮廷筆頭魔導士クロエに対する国家反逆罪ならびに関連諸罪について審理を開始する」
コン――。
乾いた木槌の音が、大法廷いっぱいに高らかに響き渡る。
その一打は、新たな裁判の始まりを告げる音。
そして同時に、帝国建国以来初となる現職皇帝裁判の開廷を歴史へ刻み込む音でもあった。
法廷に集う誰もが、この瞬間を生涯忘れることはない。
こうして――。
帝国の命運を左右する史上最大の皇帝裁判は、厳粛な空気の中、静かにその幕を開けたのである。




