第155話 検察側冒頭陳述
法廷は、水を打ったような静寂に包まれていた。
裁判長の木槌が鳴り響き、帝国史上初となる現職皇帝裁判が、ついに本格的な審理へと入る。
「それでは、検察側の冒頭陳述を許可します」
裁判長の厳かな声が法廷に響く。
その言葉を受け、帝国監査局特別検察官が静かに立ち上がった。
漆黒の法衣をまとったその男は、一歩、また一歩と法廷中央へ歩み出る。
鋭い眼差しが、被告席を射抜いた。
皇帝エルンスト・フォン・ヴァイスラント。
未来の皇妃ミア・ランベルト。
宮廷筆頭魔導士クロエ。
三人の姿をゆっくりと見据えた後、検察官は傍聴席へ向き直る。
「諸君」
静かな口調だった。
しかし、その一言だけで法廷の空気は一段と張り詰める。
「本日、この法廷で裁かれる事件は、単なる犯罪ではありません」
「帝国そのものを揺るがす、国家反逆事件です」
その宣言に、傍聴席がざわめいた。
検察官は一呼吸置き、重々しく口を開く。
「被告、皇帝エルンスト・フォン・ヴァイスラントは――」
法廷中の視線が一斉に集まる。
「魔導暖房器具事業を利用し、国家反逆を企てました」
その瞬間、大法廷は騒然となった。
「なっ……!」
「そんな馬鹿な!」
「皇帝陛下が反逆だと……?」
「信じられん……!」
貴族たちが息を呑み、外交使節たちも驚きを隠せない。
未来の皇妃ミアは、思わず拳を強く握り締めた。
『ひどい……』
リリが悲しそうに呟く。
『全部嘘なのに……』
『最初から悪人扱いかよ』
アルも険しい表情で検察官を睨みつけた。
そんな中、エルンストだけは微動だにしなかった。
静かな眼差しで検察官を見つめ、その言葉を黙って受け止めている。
検察官は構わず陳述を続けた。
「魔導暖房器具事業は、一見すれば民を救う慈悲深き政策に映るでしょう」
「しかし、その裏では莫大な国家予算が投入され、軍事転用可能な魔法石が大量に製造されていました」
法廷に再びざわめきが広がる。
「さらに被告らは、この事業を利用して帝国統治機構を私物化し、自らへ権力を集中させようと画策した疑いがあります」
検察官は振り返り、被告席を真っ直ぐ指し示した。
「検察側は、本裁判において、その事実を裏付ける十分な証拠と証人を提出いたします」
そして、一つひとつ区切るように読み上げていく。
「予算書。」
「魔法石管理台帳。」
「皇帝勅令。」
「極秘外交文書。」
「さらに、事業へ関与した役人や研究員たちの証言。」
重ねられる言葉は、一つひとつが鉛のように法廷へ落ちていった。
「これらすべてを総合すれば、被告らが国家反逆を企てたことは明白です」
「もはや疑う余地はありません」
断定するその口調に、法廷の空気は少しずつ検察側へ傾いていく。
傍聴席からも、不安げな囁きが漏れ始めた。
「証拠がそこまで揃っているのか……」
「まさか、本当に……」
「信じたくはないが……」
その様子を見つめながら、皇兄クラウスは静かに目を閉じた。
(まだ始まったばかりだ)
(証拠も証言も、すべて法廷で精査されねばならない)
皇帝代理として、私情を挟むことは許されない。
そう何度も自らに言い聞かせる。
一方、クロエは腕を組んだまま、小さく鼻を鳴らした。
(見事な口上じゃ)
(じゃが、それだけで真実になるわけではない)
老魔導士の瞳には、微塵の揺らぎもなかった。
検察官は最後に裁判長へ向き直り、深く一礼する。
「以上をもちまして、検察側の冒頭陳述を終わります」
静かに自席へ戻る検察官。
法廷には重苦しい沈黙だけが残された。
検察側の第一撃は、あまりにも鮮烈だった。
その一撃によって法廷の流れは大きく検察側へ傾き、歴史的裁判は、誰もが固唾を呑む中、本格的な審理へと進んでいくのだった。




