第152話 告げられた罪
帝国議会議場は、水を打ったような静寂に包まれていた。
用途不明の予算。
消えた魔法石。
軍事研究を命じたとされる皇帝勅令。
極秘外交文書。
そして、それらを裏付ける数々の証言。
長時間に及んだ監査報告は、ついに終わりを迎えようとしていた。
帝国監査局長は、静かに報告書を閉じる。
議場中の視線が、一斉に壇上へ注がれた。
誰一人として言葉を発しない。
重苦しい沈黙だけが、広い議場を支配していた。
監査局長は議場全体をゆっくりと見渡し、静かに口を開く。
「以上が、本監査局による監査結果です」
一拍置き、落ち着いた口調で結論を告げた。
「本監査局は、魔導暖房器具事業に重大な不正の疑いがあると判断いたしました」
その瞬間――。
議場は一気に騒然となった。
「重大な不正だと!?」
「まさか本当に……」
「皇帝陛下が……?」
「まだ疑いの段階とはいえ、この証拠では……」
議員たちの声が次々と飛び交う。
誰もが動揺を隠せない。
皇族席では、ミアが青ざめた表情で立ち尽くしていた。
「そんな……」
「違います……」
震える声は、ざわめきの中へとかき消されていく。
『違うよ!』
『全部嘘なのに!』
リリとアルも必死に叫ぶ。
だが、その声が届くのはミアだけだった。
エルンストは静かに前を見据えている。
表情は変わらない。
しかし、その瞳の奥には鋭い光が宿っていた。
(……ここまで来たか)
証拠。
証言。
人々の心理。
そのすべてが、この瞬間へ至るよう周到に積み重ねられていた。
クロエも静かに目を閉じる。
(一年以上……)
(ここまで周到な策を巡らせておったとは)
苦々しく息を吐いた。
一方、議場後方。
人混みに紛れるように二人の男が腰を下ろしていた。
グレゴール。
そしてレオンハルト。
二人は騒然とする議場を、ただ静かに見つめている。
笑みはない。
勝ち誇る様子もない。
あるのは、自ら積み上げてきた計画が寸分違わず進んでいることを確認する、冷たい眼差しだけだった。
「……ここまでは予定どおりですな」
レオンハルトが小さく呟く。
グレゴールはわずかに目を細めた。
「ああ」
「ようやく幕が上がる」
短い一言。
その声には、一年以上という歳月をかけて陰謀を練り上げてきた者だけが持つ、揺るぎない確信が滲んでいた。
議場では、なおもざわめきが収まらない。
人々の胸に芽生えた疑念は、もはや簡単には消えない。
それこそが、黒幕たちの狙いだった。
こうして、皇帝エルンストと未来の皇妃ミアは、身に覚えのない「国家反逆」の疑いをかけられることとなる。
誰よりも帝国を愛し、誰よりも民の幸せを願ってきた二人が、皮肉にも帝国を裏切った者として裁かれようとしていた。
そして今――。
帝国建国以来、最大の政変。
皇帝を裁くための審理が、静かにその幕を開けようとしていたのである。




