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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第151話 沈黙する皇帝

 議場を包んでいたざわめきは、ゆっくりと静まり始めていた。


 用途不明の予算。


 消えた魔法石。


 軍事研究を命じたとされる皇帝勅令。


 極秘外交文書。


 そして、それらを裏付ける数々の証言。


 積み重ねられた証拠は、もはや一つの物語として完成していた。


 すべての視線が、一人の男へと集まる。


 皇帝エルンスト。


 議場は静まり返っていた。


 誰もが、その口から語られる言葉を待っている。


 エルンストは静かに資料へ目を落とした。


 一枚ずつ。


 丁寧に目を通していく。


 用途不明の予算。


 搬入記録。


 勅令。


 外交文書。


 証言記録。


 どれも身に覚えがない。


 だが、それ以上に恐ろしかった。


(……完璧だ)


 紙質。


 筆跡。


 押印。


 文書の様式。


 証言との整合性。


 どこを見ても、不自然な点が見当たらない。


 まるで、最初から存在していた歴史を、そのまま切り取ってきたかのようだった。


(これでは……)


(否定できない)


 無実である。


 その確信だけは揺るがない。


 しかし、目の前へ積み上げられた資料は、その無実を覆い隠すほど完成されていた。


 今この場で「知らない」と口にしたところで、誰が信じるだろう。


 証拠がある。


 証言もある。


 それに対し、自分が示せるものは「記憶にない」という言葉だけ。


 あまりにも弱かった。


 隣では、ミアも言葉を失っていた。


「陛下……」


 かすれるような声で、その名を呼ぶ。


『違うよ……』


『全部嘘なのに……』


 リリとアルも力なく羽を垂らしていた。


 今まで何度も必死に叫んできた。


 だが、その声は誰にも届かない。


 妖精であることが、これほど歯がゆいと思ったことはなかった。


 クロエも静かに目を閉じる。


(ここで反論しても無駄じゃ)


(証拠が揃いすぎておる)


 長年、宮廷で幾度となく政争を見てきた。


 だからこそ分かる。


 この場で感情的に否定すればするほど、「追い詰められた者の言い逃れ」と受け取られてしまう。


 それほどまでに、黒幕たちの準備は周到だった。


 皇兄クラウスは、苦しげにエルンストを見つめる。


(何か言ってくれ)


(違うと言ってくれ)


(私は信じている)


 しかし――。


 エルンストは何も語らなかった。


 静かに資料を閉じる。


 そして、まっすぐ前を向く。


 その姿勢は、最後まで皇帝としての威厳を失ってはいなかった。


 だが、その沈黙は議場にいる者たちへ、まったく別の意味として伝わってしまう。


「……反論しないのか」


 誰かが小さく呟いた。


「否定しないということは……」


「まさか、本当に……」


 その一言が、新たな波紋を生む。


 静まりかけていた議場は、再びざわめきに包まれた。


 沈黙。


 それは時として、どんな言葉よりも雄弁だった。


 無実だからこその沈黙。


 しかし人々は、それを認めた者の沈黙として受け取ってしまう。


 その心理さえも、黒幕たちは計算に入れていた。


 静まり返った議場。


 誰もが息を潜める中、帝国監査局長はゆっくりと視線を上げる。


 そして、皇帝エルンストへ向けられる決定的な告発を口にするため、静かに唇を開いた。

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