第147話 偽りの勅令
議場を包むざわめきは、しばらく収まることがなかった。
消えた魔法石。
軍事転用の可能性。
帝国監査局長の報告は、議員たちの胸に小さな疑念を芽生えさせていた。
やがて監査局長は報告書を静かに閉じ、新たな書類へと手を伸ばす。
「続いて、本監査局が調査の過程で確認した文書について、ご報告いたします」
その言葉を合図に、係官が恭しく革張りの文書箱を壇上へ運び入れた。
慎重に蓋が開かれる。
中から取り出されたのは、一枚の羊皮紙。
長い歳月を経たような風合いをまとったその文書は、誰が見ても由緒ある公文書そのものだった。
監査局長は静かにそれを掲げる。
「こちらは、皇帝勅令として保管されていた文書です」
次の瞬間、その内容が魔導投影板へ大きく映し出された。
『皇帝勅令』
『高出力魔法石の研究を最優先事項とする』
『研究成果は極秘とし、軍事利用を前提に開発を進めよ』
議場の空気が、一瞬にして凍りつく。
「軍事利用……?」
「まさか……」
「そんな勅令が存在したというのか……」
誰もが息を呑み、投影板から目を離せなかった。
監査局長は淡々と報告を続ける。
「本監査局は、この文書についても慎重な真偽確認を行いました」
「紙質。」
「筆跡。」
「保存状態。」
「そして皇帝印。」
「いずれも当時の正式な勅令と一致しております」
その報告に、議場は再び大きくどよめいた。
「本物なのか……」
「偽造ではないのか?」
「皇帝印まで一致しているというのか……」
監査局長は静かに頷く。
「現時点において、本監査局は、この文書を偽造であると判断できる根拠を確認しておりません」
その一言が、議場全体へ重くのしかかった。
皇族席では、エルンストが静かに文書を見つめていた。
やがて、小さく言葉を漏らす。
「……知らない」
誰にも届かないほど小さな声だった。
そこに押された皇帝印は、間違いなく自分のものに見える。
筆跡も、文書の様式も、何一つ不自然な点はない。
だが、そのような勅令を出した記憶は、一切存在しなかった。
隣に座るミアも、青ざめた表情で首を横に振る。
「そんな研究……一度もしていません」
「私たちは、人々の暮らしを豊かにする魔導具しか作っていません……」
『嘘だよ!』
『エルンストもミアも、そんな研究なんて考えたこともないじゃないか!』
リリとアルは悔しそうに声を上げる。
しかし、その声はミアにしか届かない。
ミアは唇を強く噛み締め、小さく俯いた。
クロエも腕を組み、険しい表情で文書を見据える。
「この印……」
「わしの目にも、本物としか思えぬ……」
長年宮廷に仕えてきた彼でさえ、その違和感を見抜くことはできなかった。
皇兄クラウスも、思わず身を乗り出す。
(違う……)
(陛下が、このような勅令を出すはずがない)
(だが、この文書は……)
弟を信じる心と、目の前へ突きつけられた証拠。
二つが激しくぶつかり合い、胸を締めつける。
監査局長は静かに文書を閉じた。
「本監査局は、この勅令と、先ほどご報告した魔法石の所在不明事案を照合いたしました」
「その結果、両者には関連性がある可能性を否定できないとの結論に至っております」
再び議場がざわめく。
用途不明の予算。
消えた魔法石。
そして、軍事研究を命じたとされる皇帝勅令。
一つひとつだけを見れば決定的な証拠ではない。
しかし、それらが一本の線として結びつき始めたことで、人々の胸に芽生えた疑念は、ゆっくりと確かな形を帯び始めていた。
誰一人として見抜くことのできない完成度。
だからこそ、その偽りは真実以上に真実らしく映る。
一年以上という歳月をかけて黒幕たちが積み上げてきた虚構は、今まさに議場全体を静かに飲み込み始めていた。




