表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
149/211

第146話 消えた魔法石

 議場を包む静寂は、なおも続いていた。


 帝国監査局長は一度報告書を閉じると、新たな資料へ静かに手を伸ばす。


「続いて、魔法石の管理記録についてご報告いたします」


 その一言に、議場の空気がわずかに引き締まった。


 係官たちが新たな資料を配布し、監査局長は壁面の魔導投影板へ視線を向ける。


「こちらは、魔導暖房器具事業において購入された魔法石の搬入記録です」


 投影板には整然と数字が映し出される。


『購入数 五千個』


『工房搬入数 三千八百個』


『保管庫残数 二百個』


 議場に小さなどよめきが走った。


「……残りは?」


 一人の議員が思わず声を漏らす。


 監査局長は静かに頷いた。


「そのとおりです」


「帳簿上では、およそ千個分の魔法石の所在が確認できませんでした」


 議場が一気にざわめく。


「千個だと?」


「そんな馬鹿な……」


「計算違いではないのか?」


 監査局長は冷静な口調のまま説明を続けた。


「こちらが認可工房の搬入記録です」


「こちらが帝国会計局の購入記録」


「そして、こちらが保管庫の在庫記録となります」


 三種類の資料が並べられる。


 一つひとつを見れば数字に不自然さはない。


 しかし、それらを照合した瞬間、一つの空白が浮かび上がった。


 消えた魔法石。


 どこへ運ばれたのか。


 誰が管理したのか。


 その記録だけが、まるで最初から存在しなかったかのように失われていた。


 議場のざわめきはさらに大きくなる。


「偶然とは思えぬ……」


「ここまで数が合わぬとは」


「一体どこへ消えたのだ」


 監査局長は静かに言葉を続ける。


「本監査局は、すべての関係部署へ照会を行いました」


「しかし、所在を示す記録は確認できませんでした」


 一人の議員が立ち上がる。


「局長」


「盗難の可能性は?」


「あるいは災害などで失われたのではありませんか」


 監査局長は首を横に振った。


「盗難届は提出されておりません」


「災害による損失記録も存在いたしません」


 一拍置き、静かに告げる。


「現時点では、その用途は不明です」


 議場は水を打ったように静まり返った。


 そして監査局長は、慎重に次の言葉を口にする。


「なお、本監査局は複数の資料を精査した結果、一つの可能性を否定できません」


 議場中の視線が壇上へ集まる。


「それは――」


「魔法石が、暖房器具事業とは異なる目的へ転用された可能性です」


 その瞬間、空気が凍りついた。


「異なる目的……?」


 一人の議員が呆然と呟く。


 監査局長は静かに続けた。


「現段階では断定には至りません」


「しかし、資料を総合的に判断した結果、軍事転用の可能性は否定できないと考えております」


 議場は一気にどよめいた。


「軍事転用だと!?」


「まさか……!」


「暖房器具の魔法石を兵器に!?」


 誰もが信じられないという表情を浮かべている。


 皇族席では、ミアが思わず息を呑んだ。


「そんな……」


「あり得ません……」


 暖房器具の魔法石は、人々を寒さから守るためだけに用意されたものだった。


 軍事利用など、一度たりとも考えたことはない。


『そんなことするわけないよ!』


『きっと何かの間違いだよ!』


 リリとアルは顔を見合わせ、不安そうに羽を震わせる。


 ミアも小さく頷いた。


「……はい」


「私たちは、人を傷つけるための研究なんて、一度もしたことはありません」


 エルンストもまた、初めて困惑の色を浮かべる。


「軍事転用……だと」


 静かな声だった。


 だが、その表情には隠しきれない戸惑いが浮かんでいた。


 身に覚えのない報告。


 初めて目にする資料。


 そして、自らも知らぬ大量の魔法石。


 クロエも腕を組み、険しい表情で資料を見つめる。


「何かがおかしい……」


「じゃが、この資料だけでは説明がつかぬ」


 皇兄クラウスは固く拳を握り締めた。


(違う……)


(陛下が、そのような命令を出すはずがない)


(必ずどこかに、見落としている事実がある)


 しかし、その思いとは裏腹に、議場の空気は確実に変わり始めていた。


 用途不明の予算。


 そして、消えた大量の魔法石。


 どちらも単独では決定的な証拠ではない。


 それでも、一つひとつの違和感が積み重なることで、人々の胸には小さな疑念が芽生え始めていた。


 その疑念は静かに広がり、黒幕たちが一年以上もの歳月をかけて描き上げた筋書きどおり、議場全体を少しずつ飲み込んでいく。


 誰もまだ気づいていない。


 この疑念こそが、皇帝エルンストを国家反逆者へと追い詰める、終わりなき告発の序章に過ぎないことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ