第144話 始まる告発
翌朝。
ヴァイスラント皇城、帝国議会議場。
普段よりも早い時間から、多くの議員や貴族たちが続々と議場へ集まっていた。
重厚な扉が開くたび、人々は静かに席へ着いていく。
交わされる会話も、いつもより少ない。
議場には、張り詰めた空気が漂っていた。
「やはり何かあるのだろうか」
「ここまで厳重な議会は初めてだ」
「監査報告だけとは思えん……」
誰もが小声で囁く。
しかし、その答えを知る者はいない。
一方、皇族席では、エルンストとミアが静かに着席していた。
クロエも少し後方から議場を見渡している。
エルンストは穏やかな表情のまま、静かに議場へ視線を向けた。
「……監査報告か」
国家事業である以上、監査を受けるのは当然のこと。
そう考えていた。
ミアも静かに頷く。
「皆さんにも安心していただけますね」
『きっとすぐ終わるよ!』
『終わったら、また新しい魔導具を作ろうな!』
ミアにしか見えないリリとアルが、小さく笑う。
その無邪気な言葉に、ミアも自然と微笑み返した。
「ああ」
エルンストは短く頷く。
二人の表情に、不安はなかった。
何一つ、やましいことなどないのだから。
少し離れた席では、皇兄クラウスも静かに議場を見つめていた。
「陛下なら大丈夫だ」
その眼差しには、揺るぎない信頼だけが宿っている。
やがて――。
議場中央の演壇へ、一人の男がゆっくりと歩み出た。
帝国監査局長。
長年、公正無私を貫いてきた人物である。
その姿が現れた瞬間、議場は水を打ったような静寂に包まれた。
局長は一礼すると、演壇に置かれた一冊の書類へ静かに手を伸ばす。
分厚い革表紙。
長い年月をかけてまとめられた監査報告書だった。
ゆっくりと表紙が開かれる。
紙をめくる音だけが、静まり返った議場に響いた。
局長は議場全体を見渡し、厳かな声で口を開く。
「これより――」
一拍置く。
「魔導暖房器具事業に関する監査結果を報告いたします」
その瞬間。
議場の空気が一変した。
誰も言葉を発しない。
誰も身じろぎ一つしない。
ただ重苦しい静寂だけが、広い議場を支配していた。
まだ誰も知らない。
この報告が、一人の皇帝を国家反逆者へと仕立て上げるため、一年以上という歳月をかけて作り上げられた偽りであることを。
そして、この日、この瞬間から――
帝国史上最大の冤罪事件は、ついに公の舞台で幕を開けるのであった。




