第142話 黒幕の最終確認
帝国議会の開会を翌日に控えた深夜。
ヴァイスラント皇城の地下深く。
誰にも知られることのない秘密の執務室には、燭台の炎だけが静かに揺れていた。
重厚な円卓の上には、無数の書類が整然と並べられている。
帝国会計局の帳簿。
認可工房の製造記録。
魔法石の搬入記録。
皇帝勅令書。
輸送命令書。
外交文書。
認可証。
監査報告書。
匿名の密告状。
そして、元役人や元工房職員たちの証言記録。
その一枚一枚は、一年以上という歳月をかけて積み重ねられてきた。
すべては、一つの目的のため。
皇帝エルンストを国家反逆者へ仕立て上げるためだった。
グレゴールは静かに帳簿を手に取り、ゆっくりとページをめくる。
数字に矛盾はない。
不自然さもない。
すべてが巧妙に作り上げられていた。
続いて勅令書を確認する。
偽造された皇帝印。
年月を経た紙の質感。
筆跡に至るまで、本物と寸分違わない。
さらに外交文書、認可証、監査報告書、証言記録を一つひとつ丁寧に確かめると、グレゴールは最後の書類を静かに閉じた。
革表紙が、小さく乾いた音を立てる。
「……誰も疑わぬ」
静かな一言だった。
しかし、その声には絶対の確信が込められていた。
レオンハルトは積み重ねられた書類へ視線を向け、薄く微笑む。
「帳簿だけでは弱い。
証言だけでも足りない。
ですが、それらが一本の線となれば、人はそれを真実と呼びます」
グレゴールは静かに頷いた。
「帳簿があり。
勅令があり。
外交文書があり。
認可証があり。
証言があり。
監査報告がある。
すべてが同じ結論を示す以上、疑う者はおるまい」
一人の側近が、思わず息をのむ。
「これほどの証拠を覆すことなど……」
レオンハルトは、その言葉を静かに引き継いだ。
「不可能です」
「人は真実ではなく、積み重ねられた証拠を信じます」
「そして、その証拠は我々が作った」
部屋は静まり返る。
勝利を目前にした者だけが持つ、不気味な静寂がそこを支配していた。
やがてグレゴールはゆっくりと立ち上がる。
「明日、すべてが始まる」
「監査報告。
帝国議会。
そして――告発」
レオンハルトも静かに立ち上がり、小さく頷いた。
「一年以上を費やした計画が、ようやく実を結びます」
二人は短く視線を交わす。
互いの表情には焦りも不安もない。
あるのは、勝利を確信した者だけが浮かべる、静かな微笑だけだった。
その頃、皇城の上層では夜も更け、人々は穏やかな眠りについていた。
エルンストも。
ミアも。
クロエも。
誰一人として、自分たちへ向けられた巨大な告発が、翌日その幕を開けようとしていることを知らない。
皇城の上では静かな夜。
皇城の下では静かな悪意。
二つの静寂は交わることなく、夜はゆっくりと更けていく。
そして夜明けとともに――。
帝国史上最大の冤罪事件は、ついに公の舞台へと姿を現そうとしていた。




