第138話 議会招集
数日後。
ヴァイスラント皇城。
朝早くから、議会棟には普段とは異なる緊張した空気が漂っていた。
廊下を行き交う文官たちの足取りは慌ただしく、議場では侍従や近衛騎士たちが開会に向けた最終確認を進めている。
その日、一通の公文書が帝国中の議員や有力貴族たちへ届けられた。
『帝国議会開催通知』
『議題――国家事業に関する監査報告』
通常であれば、監査報告は定例議会の一議題として簡潔に扱われる。
だが今回は違った。
議会は臨時開催。
出席対象も大幅に拡大され、主要貴族や各省の長官までもが召集されていた。
「監査報告だけで、ここまで大規模な議会とは……」
一人の議員が首を傾げる。
「珍しいな」
隣にいた老貴族も静かに頷いた。
「儂も長く議会へ出ておるが、監査報告だけでこれほど厳重な招集は見たことがない」
さらに別の議員が周囲を見回した。
「警備も異様だ」
議会棟の入口には通常の倍近い近衛騎士が配置され、入場する者すべての身分証が厳しく確認されていた。
議場周辺にも警備兵が立ち並び、普段の穏やかな雰囲気はどこにもない。
「何か起きるのか?」
「いや……何も聞いていない」
「国家事業というのは、暖房器具事業のことだろう?」
「監査だけで、ここまで厳戒態勢になるものなのか?」
誰も答えを持ってはいなかった。
ただ一つ、皆が同じ違和感を抱いている。
何かが起ころうとしている。
そんな漠然とした不安だけが、静かに議会棟を包み始めていた。
一方その頃。
皇城の地下深く。
秘密の執務室では、グレゴールとレオンハルトが静かに報告を受けていた。
「議会招集は予定どおり完了しました」
側近の報告に、グレゴールは満足そうに頷く。
「よい」
「人は理由を知らされぬまま厳戒態勢を見れば、それだけで重大な事態だと思い込む」
レオンハルトも静かに微笑んだ。
「まだ何も発表しておりません」
「それでも、人の心には不安が芽生え始めています」
グレゴールは窓のない石壁へ視線を向け、小さく呟く。
「疑念とは、証拠より先に空気が作るものだ」
「空気が変われば、人の見方も変わる」
レオンハルトは静かに頷いた。
「監査報告が読み上げられる頃には、その空気も完成しているでしょう」
二人は静かに笑みを交わした。
その頃、皇城の魔導研究室では、エルンストたちが完成した魔導具の試験結果を確認していた。
「数値も安定しています」
ミアが嬉しそうに報告すると、クロエは満足そうに頷く。
「うむ。これなら正式採用も問題なさそうじゃ」
エルンストも試験結果へ目を通し、静かに口を開く。
「帝国各地への配備を進めよう」
『またみんなが喜ぶね!』
『次は何を作ろうか!』
リリとアルは研究室いっぱいを飛び回り、明るい笑い声を響かせる。
研究室には、いつもと変わらぬ穏やかな時間が流れていた。
しかし、その笑顔とは裏腹に、議会棟では静かな緊張が着実に広がっている。
まだ誰も皇帝を疑ってはいない。
それでも、人々は感じ始めていた。
この議会は、いつもの議会ではない。
帝国の運命を揺るがす何かが、静かに幕を開けようとしていることを。




