第137話 監査報告
帝国監査局。
特別監査の開始から数週間が過ぎ、局内では魔導暖房器具事業に関する最終監査報告書の取りまとめが進められていた。
広い監査室には、机いっぱいに帳簿や公文書が積み上げられている。
帝国会計局の会計帳簿。
認可工房の製造記録。
魔法石の搬入台帳。
輸送記録。
予算執行書。
監査官たちは、それらを一枚一枚丁寧に照合しながら、黙々と作業を続けていた。
「こちらの帳簿ですが……」
一人の監査官が静かに声を上げる。
「魔法石の購入費は計上されていますが、支出先の記録がありません」
監査局長は書類を受け取り、ゆっくりと目を通した。
「用途不明……か」
「はい。それだけではありません」
別の監査官も書類を差し出す。
「こちらには秘密予算が計上されています。しかし、承認書類はあるものの、具体的な用途が記されておりません」
「さらに、この工房への予算配分にも不自然な点があります」
机の上には、次々と資料が積み重ねられていく。
不明金。
秘密予算。
用途不明の魔法石。
どれも一件だけなら、事務処理上の手違いで済まされる程度の違和感だった。
しかし、それが幾重にも重なれば話は別である。
一人の若い監査官が、小さく息を吐いた。
「……何かがおかしい」
その一言に、監査室は静まり返る。
誰も反論しなかった。
そこにいる全員が、同じ違和感を抱き始めていたからだ。
監査局長は腕を組み、積み上げられた書類へ静かに視線を落とす。
「数字だけを見れば、大きな不正とは言えぬ」
「だが、この違和感は偶然では説明できん」
彼は一冊の帳簿を開き、別の資料と照らし合わせた。
数字は一致している。
書式にも不備はない。
それでも、どこか噛み合わない。
まるで最初から誰かが、すべてを計算して作り上げたかのような、不自然な整合性だった。
しばらく沈黙した後、監査局長は静かに口を開く。
「現時点で断定はできない」
「しかし、このまま見過ごすわけにもいかぬ」
「監査結果を正式にまとめる」
「関連資料もすべて添付し、議会へ提出する準備を進めよ」
「はっ」
監査官たちは一斉に頭を下げた。
誰もが、自分たちは真実へ近づいていると信じていた。
その真実が、一年以上もの歳月をかけて巧妙に作り上げられた偽りであるとは、夢にも思わずに。
一方その頃。
皇城の地下深く、秘密の執務室。
グレゴールとレオンハルトは、側近から報告を受けていた。
「監査局は予定どおり動いております」
その言葉に、グレゴールは静かに頷く。
「そうか」
「監査官たちは、自らの力で違和感へ辿り着いたと思っているだろう」
レオンハルトは薄く微笑んだ。
「人は、自分で導き出した結論ほど強く信じるものです」
「我々は何も押し付けてはおりません」
「ただ、見つけるべき証拠を用意しただけです」
二人は静かに笑みを交わす。
それは、自らの計画が寸分の狂いもなく進んでいることを確信した者だけが浮かべる、冷たい微笑だった。
そして監査局では、議会へ提出される監査報告書が、静かに完成へと近づいていく。
誰も知らない。
その一冊の報告書が、帝国の運命を大きく揺るがす幕開けとなることを。




