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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第136話 告発前夜

 深夜。


 ヴァイスラント皇城の地下深く。


 誰にも知られることのない秘密の執務室には、燭台の炎だけが静かに揺れていた。


 重厚な円卓の上には、無数の書類が整然と積み重ねられている。


 帝国会計局の帳簿。


 認可工房の製造記録。


 魔法石の搬入記録。


 皇帝勅令書。


 輸送命令書。


 外交文書。


 監査報告書。


 匿名の密告状。


 そして、元役人や元工房職員たちの証言記録。


 その一枚一枚は、一年以上の歳月をかけて丁寧に積み上げられてきた。


 偽りを真実へと変えるための証拠である。


 グレゴールは静かに最後の書類を手に取り、ゆっくりと閉じた。


 革表紙が、小さく乾いた音を立てる。


「……証拠は揃った」


 その一言に、部屋の空気が静かに張り詰めた。


 レオンハルトは積み重ねられた書類へ視線を落とし、小さく頷く。


「一年をかけた甲斐がありました」


「これだけ揃えば、誰も疑いはしないでしょう」


 側近の一人が緊張した面持ちで尋ねる。


「いよいよ……ですか」


 グレゴールは静かに頷いた。


「ああ」


「次はいよいよ帝国議会だ」


 その言葉に、部屋は静寂に包まれる。


 誰一人として口を開かなかった。


 すべては、この日のためだった。


 改革によって失われた利権。


 取り戻せなくなった権力。


 そのすべてを取り戻すため、一年以上という長い年月を費やし、巨大な策謀は緻密に積み上げられてきた。


 レオンハルトは冷たい微笑を浮かべる。


「議会で監査結果が報告されれば、疑惑は一気に広がります」


「そこへ、この証拠を重ねる」


「もはや誰にも覆すことはできません」


 グレゴールは静かに立ち上がり、窓のない石壁へ視線を向けた。


「皇帝エルンストは優秀だった」


「優秀であり過ぎた」


「だからこそ、多くの者は疑うことを忘れた」


「その信頼こそが、最後には自らを縛る鎖となる」


 部屋には再び静寂だけが流れる。


 誰も笑わない。


 誰も声を荒らげない。


 ただ、勝利を確信した者だけが持つ静かな余裕が、その場を支配していた。


 一方その頃。


 皇城の魔導研究室では、新たに完成した魔導具の試験が行われていた。


「動作良好です」


 ミアが嬉しそうに報告すると、クロエは満足そうに頷く。


「うむ」


「これなら帝国中で安心して使えるのう」


 エルンストも試作品を見つめ、静かに頷いた。


「正式採用としよう」


『やったぁー!』


『また完成したね!』


 リリとアルは研究室いっぱいを飛び回り、無邪気な笑い声を響かせる。


 研究室には今日も笑顔があふれていた。


 誰もが未来を信じている。


 人々の幸せを願い。


 より良い帝国を築こうと歩み続けていた。


 そのすぐ足元で、自分たちを破滅へ導く巨大な罠が完成していることなど、誰一人知る由もない。


 善意は、最後まで善意のままだった。


 だからこそ、その善意は悪意に利用された。


 そして今――。


 帝国史上最大の冤罪事件は、静かに幕を開けようとしていた。

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