第133話 偽りの証人
帝国監査局による極秘調査が続く中。
黒幕たちは、次なる一手を静かに打ち始めていた。
深夜。
皇城の地下深くにある秘密の執務室。
燭台の炎だけが揺れる薄暗い室内で、宰相グレゴールと外務大臣レオンハルトは、数名の男たちと向かい合っていた。
男たちは皆、かつて帝国へ仕えていた者たちだった。
元会計局職員。
元認可工房の事務員。
元輸送管理官。
いずれも、すでに職を離れた者ばかりである。
グレゴールは静かに問いかけた。
「理解しているな」
男たちは緊張した面持ちで頷く。
「……はい」
レオンハルトは机の上へ一枚の羊皮紙を広げた。
そこには、これから語るべき証言が簡潔に記されている。
「難しいことは言わなくてよい」
「見たことを、そのまま話せばいい」
一人の男が、おずおずと口を開いた。
「ですが……私は実際には見ておりません」
レオンハルトは穏やかな笑みを崩さない。
「これから見ることになる」
「帳簿もある」
「命令書もある」
「証拠もある」
「ならば、お前の証言は真実となる」
男は返す言葉を失った。
グレゴールは静かな口調のまま続ける。
「お前たちは帝国を救うために協力するのだ」
「偽証ではない」
「正しい未来のための証言である」
その言葉に、男たちは互いの顔を見合わせた。
生活に困窮していた者。
借金を抱えた者。
家族を養うため職を探し続けていた者。
それぞれが事情を抱え、その弱さを黒幕たちは巧みに利用していた。
やがて、一人の元役人が静かに口を開く。
「私は……命令書を受け取りました」
別の男も続いた。
「私は、秘密予算が運ばれるところを見ました」
さらに元工房職員が、震える声で言う。
「私は……軍事研究用の魔法石が搬入されたと聞いております」
部屋は静まり返った。
グレゴールは満足そうに頷く。
「よい」
「それで十分だ」
レオンハルトは羊皮紙を手に取り、淡々と書き記していく。
『証人一』
『皇帝直属魔導研究室への秘密命令書を確認。』
『証人二』
『用途不明の魔法石搬入を目撃。』
『証人三』
『軍事研究に関する会話を聞いた。』
もちろん、そのどれも事実ではない。
命令書は偽造。
帳簿は改竄。
そして今、証言までもが偽りで塗り固められていく。
偽りの証拠に、偽りの証言が重ねられる。
こうして一つの虚構は、誰にも崩せない「真実」へと姿を変え始めていた。
一方その頃。
皇城の魔導研究室では、エルンストたちが完成した魔導具の試作品を前に笑顔を見せていた。
「これなら量産も可能ですね」
ミアが嬉しそうに言うと、クロエも満足げに頷く。
「帝国中の人々が、さらに便利な暮らしを送れるじゃろう」
エルンストも試作品を見つめ、静かに口を開く。
「すぐに試験運用へ移そう」
『やったー!』
『またみんなが喜ぶね!』
リリとアルは研究室いっぱいを飛び回り、明るい笑い声を響かせる。
そこにあるのは、人々を幸せにしたいという純粋な願いだけ。
誰かを傷つけようという思いは、一片たりとも存在しない。
しかし、その善意のすぐ隣では、黒幕たちが偽りの証拠へ偽りの証言を積み重ね、誰にも覆すことのできない「真実」を作り上げようとしていた。
帝国史上最大の冤罪は、ついに証人までも揃え、完成へ向けて最後の段階へと歩みを進める。
その日が訪れるまで、あとわずかだった。




