第131話 消えた予算
帝国監査局による特別監査が始まってから数日。
監査官たちは、魔導暖房器具事業に関する膨大な帳簿や公文書の確認を続けていた。
帝国会計局。
認可工房。
魔導研究室。
それぞれの記録を一つひとつ照合し、数字や記載内容に食い違いがないか慎重に調べていく。
当初は、単なる記帳ミスか事務処理上の誤りだと思われていた。
しかし、調査が進むにつれ、不自然な記録が次々と姿を現し始める。
「こちらの予算ですが……用途が記載されておりません」
一人の監査官が声を上げた。
机の上には、一冊の会計帳簿が開かれている。
「秘密予算として処理されています」
「ですが、承認書類が見当たりません」
監査局長は帳簿を受け取り、静かに目を通した。
「他にもあるのか」
「はい」
別の監査官が書類を差し出す。
「こちらでは、不明金が確認されました」
「金額は決して大きくありません」
「ですが、年度ごとに少しずつ計上されています」
さらに別の監査官も報告を続ける。
「認可工房への予算配分にも、不自然な差異があります」
「帳簿同士の数字は一致していますが、支出理由が記録されておりません」
部屋の空気が徐々に重くなっていく。
一件だけなら記載漏れ。
二件でも事務処理上の誤り。
しかし、それが何十件も積み重なれば話は変わる。
監査局長は腕を組み、静かに目を閉じた。
「……偶然では済まぬか」
誰も返事をしなかった。
机の上には、不自然な書類が少しずつ積み重ねられていく。
用途不明の予算。
行方の分からない支出。
説明のつかない秘密予算。
それらは一本一本では細い糸に過ぎない。
だが、幾重にも絡み合えば、巨大な網となる。
監査局長は静かに口を開いた。
「現段階では公表しない」
「まだ証拠が足りぬ」
「引き続き極秘調査を続行する」
「関係資料はすべて監査局で厳重に保管しろ」
「外部への漏洩は一切許さん」
「承知しました」
監査官たちは一斉に頭を下げた。
その中で、黒幕側の監査官だけが、誰にも気付かれぬよう小さく口元を緩める。
すべては計画どおりだった。
調査は、まさに彼らが望んだ筋書きどおりに進み始めている。
一方その頃。
皇城の魔導研究室では、エルンストたちが新たな魔導具の改良を続けていた。
「この部分の術式を少し変更すれば、さらに安定します」
ミアが設計図を指差すと、クロエは感心したように頷く。
「なるほど。実に良い着眼点じゃ」
エルンストも静かに図面へ目を落とした。
「これなら量産にも向いている」
『すごい!』
『また成功しそうだね!』
リリとアルは研究室を元気いっぱいに飛び回り、楽しそうな笑い声が響いていた。
誰も知らない。
そのすぐ近くで、自分たちを陥れるための極秘調査が着々と進められていることを。
黒幕たちは決して急がない。
一つひとつ、不自然な予算を積み重ね。
一つひとつ、偽りの証拠を繋ぎ合わせる。
そして監査局もまた、自らが仕組まれた筋書きの上を歩かされていることに気付かぬまま、静かに「真実」へと近づいていくのだった。




