第128話 完成する罠
それから一年近くの歳月が流れた。
ヴァイスラント帝国は、かつてない繁栄の時代を迎えていた。
魔導暖房器具は帝国全土へ普及し、人々の暮らしは飛躍的に豊かになる。
さらに新たな魔導具も次々と生み出され、街には活気があふれていた。
人々は未来へ希望を抱き、誰もが帝国の明日を信じている。
しかし、その輝かしい光の裏側では、一つの巨大な罠が、静かに完成の時を迎えようとしていた。
深夜。
ヴァイスラント皇城の地下深く。
誰にも知られることのない秘密の執務室。
円卓の上には、積み上げられた無数の書類が並べられていた。
帝国会計局の帳簿。
認可工房の製造記録。
魔法石の搬入記録。
皇帝勅令書。
認可証。
輸送命令書。
外交文書。
そして、各地から集められた証言記録。
一つひとつを見れば、どれも違和感のない正式な公文書である。
しかし、それらを時系列に並べ、互いに照らし合わせると、一つの恐るべき物語が浮かび上がってくる。
――皇帝直属魔導研究室が、魔法石を秘密裏に横流しした。
――魔導暖房器具の研究は、軍事利用を目的として進められていた。
――アルカ=ヴェル竜皇国と密約を結び、大量の魔法石を供与した。
――外交上の利益と引き換えに賄賂を受け取った。
――密かに軍備を整え、戦争を引き起こそうとしていた。
もちろん、そのどれ一つとして真実ではない。
すべては一年という歳月をかけ、周到に積み重ねられた偽りだった。
だが――。
帳簿。
勅令。
外交文書。
認可証。
証言。
そのすべてが一本の線として繋がった時、人は疑うことなく、それを「真実」と信じてしまう。
グレゴールは最後の書類を静かに閉じた。
重厚な革表紙が、小さな音を立てる。
「……これで舞台は整った」
レオンハルトは冷たく微笑む。
「後は役者が動くだけです」
側近たちは静かに頭を垂れた。
誰一人として、この計画の失敗を想像する者はいない。
一年近く積み重ねられた偽りは、もはや誰にも覆すことのできないほど精巧な”真実”へと姿を変えていた。
一方その頃。
皇城の魔導研究室では、まったく違う空気が流れていた。
「完成しました!」
ミアの明るい声が研究室へ響く。
机の上では、新たな魔導具が淡く優しい光を放っていた。
人々の暮らしをさらに豊かにするための、新しい発明である。
エルンストは静かに完成品を見つめ、小さく頷いた。
「……よくやった」
クロエも満面の笑みを浮かべる。
「これでまた、多くの民が笑顔になるのう」
リリは嬉しそうに部屋中を飛び回る。
『やったー!』
『また大成功だよ!』
アルも拳を突き上げた。
『これで帝国中のみんながもっと幸せになるぞ!』
研究室には笑顔があふれていた。
そこにあるのは、人々を幸せにしたいという純粋な願いだけ。
誰も疑わない。
誰も恐れない。
この平和は、これからも続いていくものだと信じていた。
だが、その笑顔のすぐ足元では。
帝国史上最大の冤罪事件が、静かに牙を研いでいた。
誰も知らない。
信頼が裏切りへ変わる日を。
正義が罪へとすり替えられる日を。
そして――。
皇帝エルンストと未来の皇妃ミアが、「国家反逆」の罪人として裁かれる日が、すぐそこまで迫っていることを。
こうして、一年という歳月をかけて紡がれた巨大な陰謀は、ついに完成した。
その幕が上がる時、帝国の運命は大きく揺らぐことになる。




