第124話 偽造される勅令
数日後。
ヴァイスラント皇城の地下深く。
誰も立ち入ることのない密室では、燭台の炎だけが静かに揺れていた。
部屋の中央には、一つの印章が置かれている。
帝国最高権力の象徴。
皇帝エルンストだけが使用を許される――皇帝印。
そして、その隣には寸分違わぬ、もう一つの印章が並べられていた。
職人が緊張した面持ちで口を開く。
「……完成いたしました」
グレゴールは静かに複製品を手に取った。
重さ。
彫刻。
細かな傷に至るまで、本物と見分けがつかない。
ゆっくりと本物と並べ、何度も見比べた後、小さく頷く。
「見事だ」
「これなら誰にも気付かれまい」
職人は安堵の息を漏らした。
「何度も試作を重ねました」
「印影も、本物と完全に一致しております」
レオンハルトは一枚の白紙を取り出す。
複製した皇帝印へ朱を付け、静かに押印した。
紙に刻まれた印影は、本物と寸分違わぬものだった。
その場にいた誰一人として、違いを見抜くことはできない。
「これで準備は整いました」
レオンハルトが静かに告げる。
側近たちは机の上へ次々と書類を並べていった。
皇帝勅令書。
認可工房許可証。
魔法石輸送命令書。
魔導具製造認可証。
帝国中で用いられる公文書が、一枚、また一枚と並んでいく。
グレゴールは書類を見渡し、静かに命じた。
「急ぐ必要はない」
「すべて本物の記録へ自然に紛れ込ませろ」
「年月をかけ、必要な時に取り出せるよう保管しておくのだ」
「承知いたしました」
側近たちは慎重に作業を始める。
本物の書式を書き写し。
筆跡を研究し。
紙の質感やインクの色合いまで忠実に再現する。
さらには古い文書に見せるため、紙を乾燥させ、わずかな変色まで施していた。
その徹底ぶりに、職人の一人が思わず息をのむ。
「……ここまで、なさるのですか」
レオンハルトは静かに微笑んだ。
「証拠とは、残すものではない」
一呼吸置き、その瞳に冷たい光が宿る。
「作るものだ」
その言葉に、部屋は静まり返った。
誰も口を開かなかった。
その意味を、全員が理解していたからだ。
一方その頃。
皇城の魔導研究室では、エルンストが新たな魔導具の設計図へ目を通し、ミアとクロエが楽しげに意見を交わしていた。
「この術式なら、魔力消費をさらに抑えられるかもしれません」
ミアがそう言うと、クロエは満足そうに頷く。
「うむ。実に面白い発想じゃ」
リリとアルは設計図の周りを飛び回り、楽しそうに笑っている。
『次も絶対すごい発明になるね!』
『帝国中のみんなが喜ぶぞ!』
研究室には、笑顔と希望が満ちあふれていた。
そのすぐ足元で、自分たちを破滅へ導く偽りの勅令が、一枚、また一枚と作られていることなど、誰一人知る由もない。
真実は、一つしか存在しない。
だが、偽りの証拠は、いくらでも作ることができる。
そして今。
皇帝エルンストと未来の皇妃ミアを「国家反逆」の罪へ導くための布石が、音もなく積み重ねられていた。
誰にも気付かれることなく。
静かに。
そして、確実に。




