第123話 消えた魔法石
数日後。
ヴァイスラント帝国認可第一魔導工房。
広い倉庫では、魔導暖房器具の製造に必要な魔法石が次々と運び込まれていた。
「火属性魔法石、二百個搬入!」
「風属性魔法石、二百個確認!」
職人たちは慣れた手つきで木箱を開け、一つひとつ品質を確かめながら棚へ並べていく。
工房長は納品書へ目を通し、満足そうに頷いた。
「数量に間違いなし」
「すべて予定どおりだ」
作業は何一つ問題なく終了した。
魔法石は確かに届いている。
職人たちも実物を確認し、在庫帳簿にも正しい数量が記録された。
その日も工房では、普段と変わらぬ一日が過ぎていった。
しかし――。
その夜。
帝国会計局の一室では、まったく別の帳簿が作られていた。
燭台の灯りの下、側近の一人が静かにペンを走らせる。
「認可第一工房――火属性魔法石、百八十個納入」
さらさら、と文字が書き加えられる。
昼間、実際に納品されたのは二百個。
だが、公文書の上では二十個少ない数字へと書き換えられていた。
別の側近も続ける。
「風属性魔法石……百九十個」
本来より十個少ない。
ほんのわずかな差。
監査でも見逃してしまうほど、小さな改竄だった。
レオンハルトは書類を受け取ると、小さく頷いた。
「よい」
「この程度なら誰も疑わぬ」
一人の側近が恐る恐る尋ねる。
「ですが……実物は存在しております」
「工房で数えれば、すぐに分かるのではありませんか」
グレゴールは静かに首を横へ振った。
「問題ない」
「工房側の在庫記録も、時期を見て少しずつ合わせる」
「時間をかけて自然に減らせば、不自然さは消える」
「帳簿同士が一致していれば、人は数字を信じるものだ」
レオンハルトは薄く笑みを浮かべる。
「魔法石は消えたことになる」
「実際には、一つも失われていないにもかかわらず、な」
側近たちは思わず息をのんだ。
盗んだわけではない。
隠したわけでもない。
ただ、記録を書き換えただけ。
しかし、その小さな嘘は、やがて巨大な意味を持つことになる。
グレゴールは一枚の書類を机へ置いた。
そこには、一つの項目だけが記されている。
『魔法石 用途不明』
「今日から、この項目を少しずつ積み重ねていく」
「一度に大きく動かすな」
「数年分の帳簿を並べた時、初めて違和感となる程度でよい」
「承知いたしました」
静かな返事が部屋へ響く。
ペン先が紙を走る音だけが、夜の静寂へ溶けていった。
一方その頃。
認可第一魔導工房では、職人たちが翌日の製造準備を終え、それぞれ帰路についていた。
「今年も忙しくなりそうだな」
「暖房器具のおかげで、帝国中から注文が来てる」
「もっと頑張らないとな」
誰もが未来への希望を胸に笑顔を浮かべていた。
その希望を支える魔法石が、帳簿の上だけで少しずつ姿を消していることなど、知る由もない。
やがて、その「消えた魔法石」は、一つの罪へと姿を変える。
用途不明。
行方不明。
そして――軍事転用。
存在しない罪を証明するため、黒幕たちは今日もまた、一枚、また一枚と「証拠」を積み重ねていく。
静かに。
誰にも気づかれることなく。




