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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第119話 違和感

 その頃。


 ヴァイスラント皇城、魔導研究室。


 魔導暖房器具の普及がひと段落し、研究室には久しぶりに穏やかな時間が流れていた。


 机の上には、新たな魔導具の設計図や魔法石、魔導部品が整然と並べられている。


 エルンストは一枚の設計図を見つめながら、静かに口を開いた。


「次は照明だな」


 その一言に、クロエは腕を組んで頷く。


「うむ。夜でも安心して暮らせるようになれば、人々の生活はさらに豊かになるじゃろう」


 ミアも嬉しそうに微笑んだ。


「素敵ですね」


「きっと皆さんにも喜んでいただけます」


 三人は設計図を囲み、新たな研究について語り合う。


 研究室には、未来への希望に満ちた穏やかな空気が流れていた。


 その時だった。


『あれ……?』


 楽しそうに飛び回っていたリリが、不意に羽ばたきを止める。


『どうした?』


 アルも首を傾げた。


 リリは部屋の中を見回し、不思議そうに眉をひそめる。


『……なんだろう』


『少し変な感じがする』


 アルも目を閉じ、周囲の気配へ意識を向けた。


『うん……』


『火の子たちも、なんだか落ち着かないみたいだ』


 二人の様子に気付いたミアが、不思議そうに尋ねる。


「どうしたの?」


 リリは困ったように羽を揺らした。


『分からないの』


『悪いものってわけじゃないんだけど……』


『なんだか空気が重たい気がする』


 ミアは静かに目を閉じる。


 そして、精霊眼を開いた。


 視界いっぱいに、色とりどりの魔粒子が広がる。


 火、水、風、土。


 四属性の魔粒子は、いつもと変わらず美しく流れている。


 しかし――。


「……あれ?」


 ミアは小さく息を呑んだ。


 人々から流れる魔素ではない。


 皇城そのものを包む魔素の流れが、ほんのわずかに淀んで見えた。


 濁っているわけではない。


 乱れているわけでもない。


 それでも、どこか不自然だった。


 まるで、澄み切った湖の底へ一滴だけ墨が落とされたような、小さな違和感。


 ミアは思わず窓辺へ歩み寄る。


 窓の外には、雪化粧をまとった皇城が静かに佇んでいた。


 その全体を包む魔素の流れにも、ごく微かな歪みが混じっているように感じられる。


「……気のせいでしょうか」


 その呟きに、クロエが振り返った。


「どうした、ミア」


「いえ……」


 ミアは少し考え込んでから、小さく首を横へ振る。


「皇城全体の魔素が、ほんの少しだけ違って見えたんです」


 クロエも静かに目を閉じ、魔力の流れを探る。


 しかし、何も感じ取ることはできなかった。


「儂には分からぬのう」


「術式にも異常は感じられん」


 エルンストも静かに研究室を見渡す。


「警備にも異常はない」


「気にし過ぎではないか」


「……そうかもしれません」


 ミアは小さく微笑んだ。


 確かな証拠は何もない。


 精霊眼にも、その原因までは映らなかった。


 リリとアルも顔を見合わせる。


『気のせいかなぁ』


『でも、なんだか落ち着かないぞ』


 二人は首を傾げながらも、それ以上は何も言わなかった。


 研究室には再び穏やかな時間が流れ始める。


 誰も笑顔を失ってはいない。


 誰も危機を感じてはいない。


 それでも、その小さな違和感だけは、ミアの胸の奥へ静かに残り続けていた。


 まだ誰も知らない。


 その正体が、皇城の奥深くで密かに進められている陰謀の気配であることを。


 そして、その小さな違和感こそが、やがてヴァイスラント帝国の運命を大きく揺るがす嵐の前触れであったことを――。

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