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婚約破棄されて捨てられた令嬢ですが、隣国の冷徹皇帝陛下がなぜか私を離してくれません!?  作者: Atelier Lotus


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第117話 偽りの忠誠

 数日後。


 皇兄クラウスの執務室。


 窓の外では雪が静かに降り続き、冬の陽光が白く染まった庭園を穏やかに照らしていた。


 机の上には、クラウスがまとめた救済制度の草案が整然と並べられている。


 失業した商人や職人への生活支援。


 新工房への優先雇用。


 職業訓練制度。


 廃業した商会への再建支援。


 どれも、帝国の未来を思い、幾日もかけて練り上げた案だった。


 そこへ執事が静かに一礼する。


「皇兄殿下」


「宰相グレゴール様と、外務大臣レオンハルト様がお見えです」


「お通ししてくれ」


 ほどなくして、二人の重臣が入室した。


 グレゴールは深々と頭を下げる。


「お忙しいところ失礼いたします、殿下」


 レオンハルトも穏やかな笑みを浮かべた。


「救済制度についておまとめになられたと伺い、ぜひ拝見したく参りました」


 クラウスは少し照れくさそうに笑う。


「まだ草案ですが……皆さんのご意見も伺いたいと思いまして」


 そう言って書類を差し出すと、二人は一枚一枚、丁寧に目を通し始めた。


 部屋には紙をめくる音だけが静かに響く。


 やがて、グレゴールがゆっくりと顔を上げた。


「……素晴らしい」


「実に殿下らしいお考えです」


 レオンハルトも深く頷く。


「救われた者だけではなく、取り残された者にも目を向けられる」


「これほど民を思われるお方は、他にはおられません」


 クラウスは静かに首を横へ振った。


「私は当然のことを考えただけです」


「帝国は皆のものです」


「豊かになる者がいるなら、苦しむ者にも手を差し伸べるべきでしょう」


 その言葉に、グレゴールは感心したように目を細めた。


「まさに、その通りでございます」


「殿下のお考えは、これからの帝国に必要なものです」


 そして、ゆっくりと言葉を続ける。


「もしよろしければ、この案を陛下へお届けするお手伝いをさせていただけませんか」


 クラウスは少し驚いたように顔を上げた。


「宰相自らですか」


「もちろんです」


 グレゴールは穏やかに微笑む。


「私は皇帝陛下にお仕えする身」


「そして同時に、皇族すべてをお支えする臣下でもあります」


「殿下のお考えもまた、帝国にとって大切なお言葉です」


 レオンハルトも静かに続けた。


「どうか、ご遠慮なさらないでください」


「我々は殿下のお味方です」


「帝国の未来のため、共に力を尽くしましょう」


 その言葉に、偽りは感じられなかった。


 少なくとも、その場にいるクラウスには。


 クラウスは安堵したように微笑む。


「ありがとうございます」


「一人では限界があると思っていました」


「お二人が力を貸してくださるなら、これほど心強いことはありません」


 グレゴールは静かに頷いた。


「我々は、殿下のお志を必ず形にしてみせます」


 三人は救済制度について語り合った。


 予算をどう確保するか。


 どの工房へ人材を紹介するか。


 技術講習をどのように整備するか。


 議論は終始和やかに進み、互いに帝国の未来を語り合う、有意義な時間となった。


 クラウスは、二人を心から信頼し始めていた。


 帝国を想い、民を想う同志。


 そんな頼もしい重臣がいてくれることを、心から嬉しく思っていた。


 しかし――。


 執務室を後にしたグレゴールとレオンハルトは、人目のない廊下へ出ると足を止める。


 レオンハルトが小さく笑った。


「殿下は、完全に我々を信頼してくださいました」


 グレゴールも静かに頷く。


「まだ何もしておられぬ」


「ただ善意で人を救おうとしているだけだ」


「だからこそ利用できる」


 二人は短く視線を交わした。


 グレゴールは、冷え切った廊下の先を見つめながら静かに呟く。


「忠誠とは、時として最も巧妙な仮面となる」


 その声には、わずかな感情すらなかった。


 二人は静かに歩き去っていく。


 その背中を照らす灯りが、長い影を廊下へ落としていた。


 誰も気付かない。


 忠臣を装う二人の言葉が、少しずつクラウスを陰謀の中心へ導いていることを。


 そしてクラウスもまた、自らが黒幕たちの描く盤上の駒となりつつあることを、まだ知る由もなかった。

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