第112話 知らぬ者たち
一方その頃。
ヴァイスラント皇城、魔導研究室。
冬の柔らかな陽光が窓から差し込み、室内を穏やかに照らしていた。
机の上には設計図や魔法石が整然と並べられ、新たな研究へ向けた準備が進められている。
エルンストは一枚の設計図を広げ、静かに口を開いた。
「暖房器具の普及は軌道に乗った」
「そろそろ次の研究へ移ろう」
クロエも満足そうに頷く。
「うむ」
「人々の暮らしをさらに豊かにする魔導具は、まだまだ考えられる」
「今こそ、新たな一歩を踏み出す時じゃ」
その言葉に、ミアの瞳が期待に輝いた。
「次はどんな魔導具を作りましょうか?」
クロエは腕を組み、楽しそうに考え込む。
「照明器具も良い」
「調理を助ける魔導具も面白そうじゃ」
「暮らしを便利にする技術は、まだまだ尽きぬぞ」
研究室には自然と笑みが広がった。
その時だった。
『わーい!』
リリが机の上を勢いよく飛び回る。
『新しい研究だー!』
『今度は何を作るのかな?』
アルも腕を組み、豪快に笑った。
『また面白いものができそうだな!』
『火の子たちも張り切るぞ!』
二人は魔法石の周りを楽しそうに飛び回っている。
もちろん、その姿が見えるのも、声が聞こえるのもミアだけだった。
ミアは思わず笑みをこぼす。
「ふふっ」
クロエが不思議そうに首を傾げた。
「どうした、ミア」
ミアは少し照れたように微笑む。
「リリとアルが、新しい研究をとても楽しみにしているみたいなんです」
クロエは穏やかに目を細めた。
「そうか」
「妖精たちも期待してくれておるのじゃな」
エルンストも静かに頷く。
「賑やかな様子は伝わってくる」
ミアは嬉しそうに頷いた。
「はい」
「二人とも、今にも飛び回りそうなくらい喜んでいます」
窓の外では雪が静かに降り続いている。
しかし研究室の中は、魔導暖房器具のおかげで春のような暖かさに包まれていた。
温かな空気。
三人の笑顔。
未来への希望。
誰もが、この穏やかな日々がこれからも続いていくものだと信じていた。
だが、その頃――。
皇城の別の場所では、静かに一つの陰謀が動き始めていた。
善意を利用しようとする者たち。
揺らぎ始めたクラウス皇兄殿下の心。
それぞれの思惑は、誰にも知られることなく静かに交錯し始める。
研究室では今日も穏やかな時間が流れていた。
ミアにしか見えない妖精たちは、未来への期待に胸を躍らせ、無邪気に飛び回っている。
その微笑ましい光景とは対照的に、帝国の片隅では黒い影がゆっくりと広がり始めていた。
誰もまだ知らない。
この穏やかな日常の裏側で、新たな戦いの幕が静かに上がろうとしていることを。




