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調整役令嬢は、何も知らない  作者: ナギサト。
『均されていくもの 』
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『ベルニエの工房』

ベルニエ家が存在する街の朝は早い。

まだ太陽が完全に昇りきる前から、街のあちこちで金属の音が響き始め、炉に火が入り、工具が並び、職人たちが一日の仕事を始める。

その音は客館にも微かに届いていた。

窓辺に立ったルミエは、街の方を見ながら小さく息を吐く。


「朝から賑やかなのね」

「この街は工房の街ですから」


アニエスが答える。


「魔石加工は繊細な作業も多く、昼の明るい時間を最大限使う必要があるのだとか」

「そうね。王都の工房に行った時も、お父さまから同じような話を聞いたかしら」


そう答えつつルミエは窓の外を眺めた。

煙突の煙。

街道を行き交う荷車。

仕事へ向かう職人たち。


(活気があるなぁ)


それはヴァロワの地元とはまた違う活力だった。

朝食の準備を終えた侍女が、テーブルに皿を並べる。


「本日の予定ですが」


一緒に朝食を取りましょう、とそれなりに強引に誘われたアニエスは、仕方なく着席しながら書類をめくる。主のこういうところは好ましいかどうかと聞かれれば……

そこまで考えて思考の外に押し出した。


「……午前にロラン・ベルニエ様がいらっしゃるとのことです」

「そう」


ルミエは微笑んで、会釈しながら注いでもらったお茶に口をつける。


「ふふ、美味しい。それで、昨日の続きかしら?」

「おそらく」


アニエスは小さく肩をすくめた。


「合理主義者ですから」


その言い様にルミエが軽く笑った。


「それは……とても頼もしい方ね」

「さようでございます」

「ええ、そう思わない? アニエス」


その会話を、料理を置いていた使用人がちらりと聞いていた。

昨日より少し丁寧な動作。

ほんの少し。

しかし確実に。

客館の空気は変わり始めていた。




朝食を終えた頃、見計らったようなタイミングで客館の扉が叩かれた。


「ロラン・ベルニエ様がお見えです」

「お通ししてください」


ルミエが答えると扉が開き、やがてロランが入ってきた。


「朝から失礼する」

「いえ」


ルミエは席を示した。


「こちらへどうぞ。といっても、ロラン様の客館ですからおかしな話ですね」


くすくすと笑うルミエの茶目っ気に頓着せずロランは座る。このように場を軽くする一言は価値はあることは認めるが、それに応答する気はないのだから。

そしてすぐに本題に入った。


「昨日の話の続きだが」


テーブルに一枚の紙を置き、ルミエはそれを覗き込むと、どうやら図面のようだ。


「規格を決める以上、机上の議論だけでは足りない」

「工房でしょうか?」

「そうだ」


ロランは頷き淡々とした声で続ける。


「本日は、現場を見てもらう。加工工程。選別基準。研磨技術。様々な要素から成り立つそれらを知らなければ、等級など定められない」


ルミエは小さく笑う。


「確かに。私も触りは教わりましたが、本場の技術はまた違うでしょうし。本で読んだだけでは、現場は分かりませんものね」


ロランはわずかに目を細めた。この話の速さは非常に好感が持てると評価を更に一段引き上げながら。


「その通りだ」


そして立ち上がる。部下に任せることも考えたが、自ら案内することで説明の過不足を失くしつつ、ルミエの反応をうかがうためにも。


「案内しよう」

「ええ、ぜひ」





ベルニエの工房は、屋敷からわずかに離れた土地に広がっていた。街にも中小の規模の工房は点在しているが、最大のそれはベルニエ家の直轄だ。

巨大な石造りの建物。

いくつもの煙突。

開いた扉の向こうから熱気が流れ出ている。

中へ入ると、さらに音が増えた。

削る音。

研磨の音。

炉の唸り。

その喧騒の中を、職人たちが忙しく動き回っている。


「ここが原石選別の区画だ」


ロランが説明する。

大きな机の上に、様々な色の石が並んでいる。


「魔石は採掘された段階では品質がばらばらだ」


職人が石を光にかざしている。


「内部の歪み。密度。魔力の流れ。それらを見て、最初の選別を行う」

「まるで宝石みたい」

「宝石より実用的だ」


ルミエの少女らしいとも言える感想に、ロランは淡々と答える。


「この石一つで、街の灯りが点く」


その言葉にルミエは小さく頷いた。


(本当に文明の基盤だ。工場見学みたいで少し楽しいな)




次の区画では研磨が行われていた。

回転する工具。

石を削る細かい音が響く。


「ここで形を整える」


ロランが説明する。


「魔石は形で効率が変わる」

「ええ、出力や方向性を決める、と父から習いました」

「円形、楕円形、用途ごとの加工場所だ」


ルミエは作業台の横で立ち止まる。

若い職人が石を研磨していた。

手が少し震えている。それはそうだろう。

普段はあまり来ない当主ロランが来ているうえ、先日”あの”ヴァロワ家の令嬢が来るから絶対に失敗と失礼のないようにと固く言い含められていたのだから。

それに、年若い彼からすれば、ルミエの容姿は目に毒だろう。


「ふふ、緊張しるのですか?」


ルミエが柔らかく声をかけると、職人は驚いて顔を上げた。


「い、いえ! 大丈夫です!」


ルミエは笑い、そして石を見つめる。


「ごめんなさい。邪魔をしてしまって。とても綺麗に磨かれているわ」


その想像もしていなかった反応に職人は一瞬黙った。


「……ありがとうございます」


なんとか振り絞ったようなその声は少し誇らしそうで、ロランはそれを横目で見ていた。


(……作業速度が落ちていない)


余計な声掛けかと考えたが、結果としてむしろ速度は少し上がっており、震えはもう収まっている。

周囲の職人の動きもそれとなく確認するが皆固さはなくなっていた。


(士気が上がっている、か)


ロランは内心で評価する。それが意図したものか、自然と出たものかは定かではない。

しかし。


(興味深いな)




工房を歩きながら、ルミエはロランに許可を取ってから職人たちに様々な質問をした。


「これはどこに使われるのでしょうか?」

「この色は何が違うのですか?」


職人たちは最初こそ緊張していたが、次第に説明が増えていく。


「これは灯り用です」

「これは暖炉の補助」

「これは輸送装置に」


ルミエは興味深そうに頷きながら聞いていた。


「とても素敵です。皆さんの仕事が、この街を、世界を動かし、支えているのですね」


その言葉と微笑みに、何人かの職人が少しだけ背筋を伸ばした、その様子をロランは静かに観察していた。


(一件、無駄なお喋りのようではあるが、無駄な言葉ではないか)


時間として見れば明らかに邪魔だ。説明に手を割かれているのだから。

しかし……効果はある。

職人の集中力。

動き。

空気。

ルミエと話し終えた後、すべてが少しだけ変わっているのは見過ごせない。


(……効率的だな)


それがロランの結論だった。

もともと士気を高める手法として、上役が部下に直接、激励や賞賛の言葉をかけるというものはある。

ルミエのそれは声色、さりげなさ、表情、タイミング、そして言葉の内容。どれも適切で、そっと思わず受け取ってしまうように差し出される。


(意図的か無意識か……読めんな)


意図的ならばその巧みな人心掌握技術は素晴らしい。

無意識ならば文字通り”調整役”としては天賦の才だろう。

なんにせよ、ルミエをこちらに呼んだ己の判断はやはり間違ってはいなかった、そう確信して案内を続けていった。


工房を出ると、昼の光が眩しかった。

街の音が広がっている。

ルミエは髪を抑えながら振り返った。


「素敵な場所ですね」


ロランは腕を組む。そのようなことは思ったことすらないのだから。


「ただの工房だ」

「いいえ」


ルミエは首を振る。


「街そのものが、生きているみたい」


ロランは一瞬だけ黙った。

そして短く言う。


「……そうか」


その返答は素っ気なかった。

だが彼の視線は、ほんの少しだけ工房の方を見ていた。




その頃。

客館では使用人たちが話していた。


「今日もルミエ様、優しかったわね」

「ええ……なんだか、頑張りたくなるのよ」

「分かる分かる!」


笑い声が小さく広がる。

その変化に、まだ誰も気付いていない。

もちろんロランも。

そしてこの街も。

この滞在が、少しずつ人を変えていくことを。

まだ誰も知らなかった。

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