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調整役令嬢は、何も知らない  作者: ナギサト。
『均されていくもの 』
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『合理主義者の一手 』

「こちらが以前、ロラン様がまとめていらっしゃった各懸念点のリストです」

「わかった。下がっていいぞ」

「はい」


使用人から受け取った資料をロランは順に眺めていき、取捨をしていく。


(これは、打算的すぎる。これは……貴族辺りから横やりが入るな。これは……ダメだ。当主が出張ってくる可能性が高い。どうにかルミエ・ヴァロワと俺だけの場を用意する必要がある)


まさか父でありヴァロワ家当主の前で懐柔と説得をするわけにはいかない。

しかし、ルミエは道理がわかっている、理知的な人間であることは前回の邂逅で感じ取った。

であれば、合理的に、筋道を立ててヴァロワ家と当家が協調することのメリットを説けば、当然に理解ができるはずだ。


(理解できない相手ではない。それが救いだ)


最初から本題に切り込むつもりはない。まず、用意すべきは、長期間ルミエが自分と共に行動し、言葉を交わす舞台。お互いを知れば、話しも通しやすくなる。

ただ、そのためだけに時間を作ることは無駄だ。ちょうど良いタイミングであるし、何かしらの懸念点を潰しておきたかった。


「……これは」


目が止まる。

『魔石規格の新調、改定の必要性。緊急度合い、低』。

数か月前にロラン自身がまとめていた題だ。

技術の進歩により、魔石の選別や研磨技術は過去とは大きく変わっている。

そのために現在の等級制度では、いずれ対応しきれなくなる。

品質と評価の差異と不安定は世の中への影響が大きい。


(使えるな。すぐに影響はない。しかし、安定を至上とするヴァロワとしては見過ごせまい?)


この内容を議論するためには、加工を主とするこちらにしばらく逗留する必要が出るだろう。

しかし、当主が直接、長期間滞在して交渉に釘付けになるほどではない。

貴族や教会も世の安寧と安定を表に出されては否定はしてはこない。

ヴァロワ家の長男にはまだこれを処理する能力は恐らくない。

であれば。こちらに出張ってくるのは必然的に……


「おい、書面にまとめろ」

「はっ」


部下に口頭での内容をまとめさせつつ、ロランは次の動きを検討する。

加工技術の総本山であるベルニエ家に来る必要が作った。交渉に有利な地元というイニシアティブは取れた。

算段は整った。必要であり、合理的であり、何より無理がない。であれば次は。

――己こそが盤面を操作できる。

そういう自負と、そして実績がある。

ルミエ・ヴァロワを盤上に引き出すために。

ロランは、新たな一手を打った。





「ベルニエ家、か」


ロランが放った一手は、やがて一通の手紙となりヴァロワ家へ届いた。

執事からの報告を受けつつもそれを読み終えたフランソワはこめかみを揉みながらそう呟く。

やり手の若き当主の台頭は頼もしくはあるが、同時に相手にすると厄介だった。

傍に控える執事は主のその様子に若干の同情を滲ませる。


「いかがなさいますか?」

「……無視するわけにはいかないだろう。そして、断ることもできない」

「協議となると、しばらくの先方への滞在となると思われますが」

「そうだ。ご丁寧に歓待すると書かれている。しかし、私が長期で掛かりきりになるわけにもいかない、つまり」


フランソワは嘆息し、茶を一口飲んで心を落ち着ける。

魔石の規格の変更や調整の必要性はフランソワは分かっていたが、本来であればまだ数年は猶予がある問題だ。だからレオンにある程度地力がついた頃に任せようと思っていたのだが。

こうして正面から提案されてはもう放置できない。俎上に載せられてしまったのだから。


「……ルミエとの関係を深めたいのだろうな」


他の案件もあるうえ当主である自分は専任とはなれない。

レオンはまだ幼く未熟。

ロランの思惑を概ね察しつつも受け入れざるを得ない。

なによりも、ルミエなら――あの優しい娘ならきっと、人々の役に立つと言われれば喜んで応じてしまう。


「ルミエを呼んできてくれ」

「かしこまりました」


その後、ルミエがどのような返事をしたのか、わからない者はいないだろう。




「楽しみね、どのような場所なのかしら。ねえ、アニエス?」


馬車の窓から流れる景色を眺めながら、ルミエはどこか弾んだ声でそう言った。

隣に座る秘書アニエスは、わずかに目を細める。


「ベルニエ家は加工技術の総本山と呼ばれております。魔石の研磨や調整では王国随一かと」

「では職人の町のようなものかしら」

「そのようなものです。ただ――」


言葉を切り、アニエスは小さく息を吐いた。


「相手はロラン・ベルニエです」


ルミエの秘書となる前、地方商家で書記を務めていた頃からベルニエの名前は知っていた。

ヴァロワとベルニエは有名だったから。特に穏健なヴァロワと違いベルニエは……

若き当主。

王国でも指折りの合理主義者。

そして、敵に回すと最も面倒な人物の一人。

考えると頭が痛くなってくる。

だが。


「ええ、存じているわ」


ルミエは微笑む。

柔らかく、穏やかで、誰もが安心する笑顔。


「きっと、きちんと話せば分かり合える方なのでしょう?」


アニエスは一瞬だけ沈黙した。


(……それが一番危ないのですが)


とは言わない。

言っても無駄だと知っているからだ。

そして自分の主なら何とかしてしまえるはずだと、半ば無意識に安心しかけてから奥歯を噛んで思考を止めた。

その間にも馬車はゆっくりと街道を進む。

やがて丘を越えた先に、石造りの街が見え始めた。

煙突から上がる白い煙。

あちこちから響く金属音。

街の中心には、城のような巨大な工房がそびえている。


「……あれがベルニエ家の本拠です」

「まあ」


ルミエは目を細める。


「賑やかな場所なのね」


その言葉の通り、街は活気に満ちていた。

ただし。

そこにいる誰一人としてまだ知らない。

この街に――

ルミエ・ヴァロワが滞在することになるという事実を。

そして。

その滞在が、多くの人間の計算と予定を少しずつ狂わせていくことを。

馬車はゆっくりと街へ入っていった。

――こうして、ルミエのベルニエ滞在の日々が始まる。

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