第83話 初めての味
◇◇◇エレン目線◇◇◇
「僕は……」
見える世界が全て炭の色に染まっている。
少し前、僕はニワトリに囲まれて作業をしていた。
「だけど……。直前の記憶がない……」
意識があやふやになって。ぐちゃくちゃになって。
強風にでも煽られたように横倒しになって。そこから先がわからない。
この感覚。この感情。結びつくとしたら――孤独。
「あれ、身体が動かない……なんで。なんで……!」
瞼も開かない。身体の感覚がしない。
こんな世界は初めてだった。少しだけ、気持ちが悪い。
全身がほてっている。ものすごく、熱い。
「ミカエラさん! メウス! フランさん!」
僕が放った言葉は、頭の中で反響するだけ。
早く、目を覚まさないと……。こんなところで……。
まだ、勇者になったばかりなのに、ここで終わるなんてできない。
「エルヴィンさん! レイラさん! バルトおじいさん! ミリアさん!」
名前を呼んでも。呼んでも届かない。瞬間、首筋が急激に冷たくなる。
ひんやりと気持ちがいい。そして、身体全体が冷えていく。
熱が奪われていく。これは現実なのかはたまた錯覚なのか。
「もしかして……」
不自然に口が開かれる。渇いた喉に流れたのは、あまじょっぱい何かだった。
少しずつ、少しずつ運ばれていく。その度に意識が引き戻されようとする。
この世界には、このような飲み物は存在しない。
こういう物を思いつくことができるのは、僕が知る限り一人しかいなかった。
「ミカエラさん……」
もっと、もっと……! 僕を引っ張り出してほしい。
ずっと、ずっと……! ミカエラさんとメウスといたい。
きっと、もっと、ずっと……!
『エレン! エレン!』
誰かの声が耳に入った。凛とした、さわやかで優しい声。
重い瞼をゆっくり開ける。そこには木目の天井と、ミカエラさんとメウスの顔があった。
「やっと目を覚ました。体調どう?」
「う、うん……。まだ万全ではないですが……」
僕は静かに身体を起こす。
「よかった……」
僕の横で座っているミカエラさんが立ち上がり、コップを持ってきてくれた。
「これ、飲んで」
半透明の液体が入ったコップ。水のように見えるけど、不思議な匂いがする。
「いただきます」
疑心暗鬼になりながらも飲む。すると、暗闇で感じたあまじょっぱい味だった。
なのに、身体がこの飲み物を欲している。
「ミカエラさん。これは?」
「即席で作ったスポーツドリンク」
「すぽーつどりんく?」
「うん。水に砂糖と塩を混ぜたものだけどね」
たったそれだけの材料で……。
僕はそのスポーツドリンクというものを飲み干す。
だけど、身体が満足しきれていないのか、おかわりをしてしまう。
「どうやら、完全な塩分と糖分。水分の不足だね」
「だね」
「え、えーと……」
僕だけが理解できていない。この状況が何かわからない。
「中等から重度の熱中症。エレン朝飲み物飲まなかったでしょ?」
「は、はい……」
「それで、身体を冷やす機能が落ちてしまった」
ミカエラさんが僕の症状の詳細を教えてくれる。
つまり僕は暑さに耐えきれず倒れてしまったらしい。
「その……。でも、なんでこんな飲み物を用意してくれたんですか?」
「私が焦ったからかな? なるほど、スポーツドリンクってこの世界にはないんだ……」
「ないですね。僕も初耳です」
それを見たフランさんが、追加の飲み物を用意してくれた。
他のみんなも飲んでいる。
「ミカエラがいなかったら、エレンは助かってなかったわ」
レイラさんがそう言った。これは本当だ。彼女がいなかったら僕は……。
「それと、本人は焦ってって言ってるけど、一番冷静だったのはミカエラよ。彼女の機転の早さはさすがね」
「それはそうだな。ミカエラは本当にすごい。よくやった!」
「ちょっとお父様褒めすぎです……」
僕は自分の手を見る。まだ力が入りにくい。
身体の重だるさはそのままだった。
すると、不自然に身体が浮く。周囲を見回すと、メウスが僕を持ち上げていた。
「これからここより涼しいっていう湖畔にいくよ!」
「本当ですか?」
「みたいだよ」
僕は車の中に入れられる。ベルトを締めてもらうと、車内全体が冷えてきた。
こんな涼しい空間も初めてだ。今日はみんなに助けられている。
「湖畔に向けてレッツゴー!」
メウスが運転する。流れていく風景は、不自然に上下していた。
「メウス。どう動かしているんですか?」
「あ、これ? エレンが体調を悪化させないように、風魔法で車体全部浮かしてる」
「なるほど」
僕はそのまま目を閉じた。これまでの出来事を振り返っていく。
僕が九歳だった時。僕はミカエラさんと出会った。
引っ込み思案で、弱虫で、自分の本当の強さを知らなかった僕。
そんな僕を根柢から変えてくれたのが、ミカエラさんだった。
「もう。あれから三年……」
メウスとはいつも張り合っていた。というよりは、メウスが勝手に張り合っていた。
原因は僕にあるかもしれない。沢山食べる度に、彼は僕の真似をする。
だけど、彼が作る料理も好きだった。彼は食の研究をしているというのが、よくわかる。
「次は何作ってくれるんだろう」
僕は目を開ける。外を見ると、大きな湖が見えてきた。
「まもなく到着いたしまーす!」
メウスが大きな声でアナウンスする。
車が止まると、外に出た。
「すごい……。風が気持ちいいです!」
「よかった。メウス。あれ。準備して!」
「りょーかい。クリエス。トリルアクト!」
メウスが詠唱をする。すると、少し遠くの木が揺れた。
ここまで聞こえてくる木が折れる音。そのまま、こちらまで飛んできた。
同時に紐が括り付けられていく。完成したのは釣り竿で、全部で七本ある。
「みんなで釣り大会しよう!」
「『はい!』」
僕は釣り竿を受け取り、湖の中に足を入れた。ものすごく冷たい。
そのまま、水を頭からかぶる。全身が濡れて吹く風が冷やしていく。
こんな仲間と一緒にいたい。あとでシリル先生にも自慢しよう。
僕は釣り糸を垂らし、魚が食いつくのを待つことにした。
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ぜひ第1話からご覧ください!!!!
メウスとフランの里帰り。あと二話でフラン編完結!!!次回明日20時!!!!!




