第8話 神の名は……
真っ白な空間。丸い形をした大きな床。それを囲うように置かれた柱。私がいる位置よりも高いステージ。
そのステージの脇に置かれた龍の彫刻。真ん中で玉座に座る少年。ここは私が転生する前に訪れた神殿だった。
「ようやく思い出したみたいだね。ミカエラ・シャーロット。いいや、工藤美香さん。今はどちらの名前がお気に入りかな?」
「え、えーと。ミカエラです。美香としての自分はもういないから……」
「そう。じゃあ、ミカエラさんで。我も自己紹介した方がいいよね。うん」
「神様も名前があるんですか?」
私の言葉に神様は頷く。
「あるよ。我が名はメビウス・エル・デュクス。無限を司る、上位階級第三位の神さ。これでも、ものすごく偉い人なんだよ?」
「は、はあ……」
メビウスという神様は、虚空から光の玉を生み出して遊び始める。どこまでお気楽なのやら、しっかり仕事できているのか不安だ。
この空間には私とメビウスしかいない。それがどこか安心感を与えてくれた。
「これでも、偉い人ってわかるかな?」
「まあ……。少しだけ……」
「あ、そ」
メビウスはそう言うと、ステージから飛び降りる。ピタリと着地する姿は、ものすごく軽快だった。
光の玉はいつしかワイングラスに変わっていた。何も無いところから瓶が出現し、グラス一杯に注がれる。
「メビウスは、お酒飲まない方がいいんじゃ……」
「え。そんなに若く見える? これでも百歳目前なんだけどね。ん~美味し」
「はぁ……」
相変わらず自由人なメビウスには呆れしかない。実際には八歳の私だけど、今は十六歳だった頃の知識を持っている。
そういえば、私の兄もこんな感じだったはず。夜な夜なビールを飲んで、ぶっ倒れて。みんなに迷惑ばかりかけていた。
「メビウスさんはあの後どうなったんですか?」
「あの後? んーと。上司に怒られた」
「上司に……ですか……」
神様も上下関係が厳しいようだ。まあ、あの時神殿全体が揺れていたから当然の結果だろう。あれはつまり……。上司が怒っていた。
「ここだけの話。今の其方の母親は其方を産む時難産だったみたいだよ?」
「難産……ですか……。それってつまり……」
「つまりそゆこと」
前に会った時彼は、『まともに転生した人はいなかった』と言っていた。ということは、そのほとんどが死産だったということ。
とんだ迷惑神様だ。これまでここを通った人は、新しい人生を歩むはずだったのに、その直前で止められてしまったのだから。
私が無事生まれたことを弄んでいないだろうか。そっちの方が気になるんだけど……。だけど、これを言ったら図星だろうな。
「そろそろ本題に入ろうか」
「本題?」
「うん。ミカエラさんは天職を授かったよね」
「暗殺者……ですよね」
「そう。それをどう思う?」
メビウスはそう言うと、ステージの真下に椅子とテーブルを出した。テーブルの上には、お菓子とティーカップが置かれている。
彼が手招きをするので近くに行くと、ティーカップに紅茶を淹れてくれた。見た目は十六歳くらいなのに、妙に気が利く。
「私には合わないと思います。私は動物が好きだし、人が大好きだし。それなのに命を奪う仕事なんて務まるわけがありません」
「ま、そーだよね。だけど、其方の姉は喜んで引き受けてくれた」
「レイラが?」
「うぶッ!? 今までお姉ちゃん呼びしていたの其方は、前世を思い出した途端に呼び捨てをするのか」
言われてみれば、さっき私はお姉ちゃんのことをレイラと呼んでいた。もう、私も八歳だし、お姉ちゃんと呼ぶ年齢ではないのはたしか。
メビウスは紙ナプキンを出して、口とテーブルを拭く。ここは夢の中なのに、まるでもうひとつの現実みたいだ。
「失礼」
「だ、大丈夫です……。続けますけど、私はレイラみたいに無作為に殺しをすることはしません。しないどころかできないんです。生き物にはみんな命がある。それを大事にしたいから……」
「へぇー。ミカエラって、今の世界でもそんな思考をしているんだね。少しは変わってくれてると思ったけど」
メビウスは私の心の変化を期待していたらしい。その気持ちはわからなくもなかった。私が適応できなかった、それだけの話。
彼はテーブルに置かれたクッキーを齧る。味が気に入らないのか、はちみつの入った容器を出して、それをつけて食べている。
「メビウスさん。それ美味しいんですか?」
「美味しいよ。ミカエラも食べる?」
「じゃ、じゃあ。お言葉に甘えて……」
私もクッキーにはちみつをつけて食べる。はちみつはそこまで甘くなく、クッキーの香ばしさを邪魔しない程度。
現実の胃に残らないのは悲しいけど、実際に同様な場面ができたら、近くの人に勧めてみよう。
「其方は暗殺者について、どういう認識かわかるかな?」
「えーと、誰にも見つからないところから、対象を殺すこと。ですよね?」
「おおよそ合ってる。だけど、今君がいる世界はそれだけじゃない」
メビウスはクッキーを食べる手を止めた。そして、ワイングラスに持ち替えて、ひと啜りする。
「其方がいる世界での暗殺者は、領地民全員が知らないといけないこと。だけど、それと同じで、ほかの領地には知られてはいけない」
「それって……」
「そう。領地の情報は領主が管理する。其方がいるシャーロット領では、其方の父エルヴィンがそうだね」
エルヴィンが領主であることは、薄々気づいていた。だけど、領地のことよりも子供を大切にする人だった。
こんな人に領主が務まるのかと思うくらい、私は頭を悩ましていて、なんやかんやで八歳を迎えた。
「各領地の情報は中央の王都が管理している。其方も天職に就いたから、もう情報は全部通っているはずだよ」
「そう……ですか……」
無理やり自分を納得させようとしても、まったく頷けない。イエスと言えない自分がどこかにいた。
暗殺なんてしたくない。誰一人殺さず平和な世界が作れるなら、そっちに行きたいくらい。この神は不器用すぎる。
メビウスはにっかり笑う。それがどうも不敵に見えて仕方ない。もし私の天職が別だったらいいのに、そう思っているのに……。
「一つだけ、其方に伝えておきたいことがある」
「伝えておきたいこと?」
「うん。君が護衛をする対象について。その人は君のすぐ近くにいる。いずれ、君を大切にしてくれる人がね」
メビウスはそういうと、霧のようになって消えた。一人だけになった私は、食べかけのクッキーを食べ紅茶を飲む。
紅茶は少しだけ残しておいた。これが、今の世界で覚えた礼儀作法の一つ、『ありがとう』を伝える意味の行動。
「暗殺者……。私にしか……できないことなのかもしれない……」
私は誰もいないところで、そう呟いた。反響する声は遥か遠くまで行き渡る。
「そうかもね」
脳内に再生されるメビウスの返答。それを聞いた時、意識が現実へ引き戻された。そうだ、私はヘカートを持ったまま昼寝をしていた。
少し汚れたヘカートをタオルで磨く。そういえば、前世でも私はこの銃を手入れしていた。この銃は兄が買ってくれた大切なものだ。
「ミカエラ。夕食できたわよ!」
一階からお母様の声。部屋には様々な香りが漂っている。私はヘカートをベッドに置いたまま、部屋を出た。
今日はなんだか騒がしい。聞いたことのない声が沢山聞こえる。それだけでも、胸騒ぎがして、どうも落ち着かない。
食卓に着くと、家族分のテーブルは大きな長テーブルに変わっていた。そして、大勢の人が椅子に座っている。
「お母様。お父様。これは……」
「今日はミカエラ。君の天職任命パーティだ。ここにいる人たちはみんな、シャーロット領の領民。みんな君の顔を見に来たんだよ」
お父様の説明を聞いた瞬間、会場の熱量は上がっていく。これが異世界のパーティなんだと、規模の大きさに理解が追いつかなかった。
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次回、主人公に異変再び、そして、決意を固める




