第72話 私の弟は推し活中
ボロボロで、全身傷だらけ。ニックはグラグラと真っすぐ伸びない足で立っていた。
それを見たファリアは彼のもとへ駆け寄る。自分のためにここまでするとは、想像すらできていないようだった。
「ファリアさん。よかった……」
「それは……こちらのセリフです……」
この屋敷で働く使用人は、常に身体を鍛えている。並の人では、そうすぐには倒せない。
けれども、このニックはくじけることなく、たった一人を守るために戦った。
「イタッ!?」
「だ、大丈夫?」
「大丈夫……くぅ~。ここの使用人みんな強すぎ……」
「それはそうよ。みんな強いわ。私なんて枯葉の如く散るわよ」
ファリアは自分の弱さを知っていた。鍛えても肉付きは悪いまま。誰にも重宝されることなく、庭園の草刈り。
ここでの仕事は、合っていないのかもしれないと、毎日思い悩む。そんな彼女のことを、ニックは優しく包み込む。
「そうだ。またエルヴィン・シャーロット公爵から模擬裁判の依頼が来たんだ。ファリアさん。また付き合ってくれないか?」
「え、ええ……」
二人で屋敷を抜け出す。これが、ファリアにとっては一番の気晴らし。
エルヴィン公爵からはよく依頼が来る。それを待ち、共に向かうのが最大の楽しみ。
また、ミカエラ令嬢に会える。二人は早速馬車に乗り込んだ。これから行く先はシャーロット公爵家。
そこへ向けて馬車を走らせる。
「シャーロット公爵家に行くのは久しぶりだね」
「ええ。一時はどうなるかと思いましたが、彼女が無事であったということが一番よ」
「そうだね。まさか、指名手配されているとは知らなかったから」
すると、後ろから別の馬の頭が見えてくる。
「ファリアお姉さまー! 僕も連れて行ってくださーい!」
声が響く。ファリアは馬車から顔を出して覗くと、一人の青年が大きく手を振っていた。
「レゼル! なんで付いてくるのよ!」
「だって、方向からしてシャーロット公爵家でしょ。なら、推しにもまた会えるんじゃないかって!」
――――――――――――――――――
「ファリアお姉さまー。メウス先生に会ってきましたー」
「またメウスってどういうことよ」
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彼は数日前からこの調子だった。全領地で最大の本屋。そこで行われたイベント後から、毎日いやらしい笑みを浮かべる。
レゼルは昔からよく本を読む男の子だった。その中でも、メウスという作家を推しているという。
そもそも、推す意味を理解できなかったファリアは、彼についていくことすらできなかった。
「これは仕事で行くのよ? 遊びではないの」
「わかってるって、邪魔はしないから安心して。お姉さま」
「はぁ……。本当に邪魔だけは許しませんからね」
「りょーかいーでーす!」
ファリアたちが乗る馬車は、畑の道を進み、雑木林を進み。のどかな農村地帯に入っていく。
その中で一番目立つ建物こそ、シャーロット公爵家だった。
動物たちも多く住む。土地と比べ目立つリヴァーチェ伯爵家とは違い、公爵家は完全に風景と馴染む。
木造で二階建ての家。中は複雑に絡み合う構造。ファリアは小さい頃からお世話になっている。
「ファリアさん。まもなく着きますよ」
「はい。それよりも、そんなに傷だらけで……」
「問題ございません。これくらい治癒魔法で回復しますから」
しばらくして、二台の馬車は公爵家の敷地内で止まる。ファリアはニックにエスコートされながら降りた。
徒歩で玄関まで移動すると、風を切る音が聞こえてくる。気になったファリアは、家の裏手へと入っていった。
そこでは、亜麻色髪の少年が剣を振っている。彼が、ミカエラが護衛するという人なのだろうか。
「あ、おはようございます」
少年はファリアに向けて挨拶をする。二回空を切った後、剣を腰の鞘にしまった。
「あなたは……」
「そういえばそうでしたね。お初にお目にかかります。エレン・ベルンライトです」
「初めまして、ファリア・リヴァーチェという者よ。今日はここで模擬裁判が行われるようだから、はるばる来たの」
「そうなんですね。ということは、ミカエラさんに用事が? 彼女、模擬裁判が好きみたいなので」
その言葉を聞いたファリアは、踵を返して家の中へ急いだ。
書斎には裏手から入った方が早い。そう判断した彼女は、そのまま中へ入る。
「わぁ~。ここがシャーロット公爵家! やっぱり何度見てもひろーい!」
中では、レゼルが感嘆の声をあげていた。彼が公爵家を見るのは、これが二回目。
その度に同じような反応を起こすためか、ファリアの手には負えないほど自由に行動する。
「レゼル。もう少し落ち着きなさい」
「えー」
すると、廊下の奥の方から雑巾がけをしている少年が現れる。白髪で赤い瞳。彼の風貌は明らかに浮いていた。
それと同時に、レゼルの目つきが変化する。
「メウス先生! おはようございます!」
「え、えーと……誰だっけ?」
この人がメウス。なかなか顔と名前が繋がらないファリア。レゼルの推す理由がより一層わからなくなったようだ。
加えて、メウスはレゼルのことを忘れているようで、ピタリと固まっている。
「僕ですよ! 本屋で血判を五冊!」
「あ、ああ~。管理人さんの意見を聞かずに列から飛び出してきたあの子ね。ようやく思い出した。ごめん」
「いえいえ。またメウス先生にお会いできて嬉しいです」
この二人はこのままにしようと、ファリアは静かに離れる。
無駄な時間を消費しない。朝もそれが出来ればいいのにと、彼女の表情には陰りがあった。
階段下の書斎。そこにはもうすでにニックの姿があった。服も新品になり、傷もない。誰に治癒してもらったのか。
「ファリアさん。遅かったね」
「ええ」
「弟さんは?」
「病が再発したわ。それも、ご本人の前で」
「そうですか……」
扉が開く。そこには、エルヴィン公爵とミカエラ令嬢。そして、見慣れない少女が立っていた。
「お久しぶりです。ファリアさん。ニックさん」
「久しぶり、ミカエラお嬢」
真っ先にニックが挨拶をする。それに続くように、ファリアは一礼をした。
「ミカエラお姉ちゃん。この人たちだーれ?」
「私の家の分家の人だよ。ティアも挨拶して」
「うん! はじめましてー。あたしティアっていうの。よろしくね!」
ティアという少女は、満面の笑みで挨拶をする。頭には、黄色いニット帽を被っていた。
しかし、ファリアはミカエラに妹ができたことを聞かされていない。
では、彼女の親は誰なのか。この時ファリアは、今回試されるのはこちら側なのだと理解したのであった。
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