第70話 肉じゃがの隠し味
飯テロに全力を注ぎました!
キュッキュという音が響く部屋。少し俯いてヘカートを磨くミカエラ。
とても絵になっていて、そしてまた虚しい。ぼくが入ってはいけないような気がして……。
やはり、前世の兄のことを考えているのだろうか。この世界に来て十一年。
八歳の時に記憶を思い出してから三年。ぼくにとってはあっという間で、彼女には無限にも似た時間。
「ミカエラ……」
ここは一人にしてあげた方がいいかもしれない。変に介入して傷つけるわけにはいかないから。
部屋から離れる。廊下に香る匂いは、一層強くなっている気がした。
グゥ~と腹の音が鳴る。今日はずっと動いてばかりだった。
少しレイラにも会ってこようと、一階に移動する。彼女は今料理中だ。リザークが邪魔してなければいいのだが……。
「おや、メウスさん。帰っていたんだな」
真後ろから声を掛けられ振り返ると、エルヴィンが立っていた。
どうやら彼もこの香りに釣られて書斎から出てきたらしい。
「この香り、いいですね……」
「そうだな。やはり、料理は香りが一番だ。あと、私と話す時はミカエラたちと接している感じでいい」
「しかし……。エルヴィンさんは、ぼくの上司を信仰していますよね。名目上ではぼくより目上なので、ちょっと……」
「名目上? いやいや、そんなものは関係ない。普段通りでいいんだ。その方が話しやすい」
たしかに、堅苦しいのも何かがおかしい。だけど、やっぱりぼくよりは目上。微妙な立場である以上どちらも取れない。
この家でぼくを信仰しているのは、ミカエラとエレン、リザークだけ。
他は全員、ぼくの上司のイヴさんを信仰している。これは、どうしても変えがたいことだった。
コツコツ、二種類の足音が聞こえてくる。誰かが階段を下りる音。
「メウス?」
「お兄ちゃん?」
どうやら、ミカエラとティアが来てしまったらしい。しどろもどろになっている自分なんて、見られたくないのに……。
ぼくは、深く呼吸を整える。気持ちを入れ替えたもん勝ちだ。
「エルヴィンさん。行こう!」
「お! その気になったか。ちょうど私もお腹が空いたところだ」
四人で食卓に向かう。部屋に着くと、テーブルには金色に輝く肉じゃがが並べられていた。
香りが部屋全体に充満している。お腹も限界を迎え始めているくらいだ。
「みなさん席に着きなさい」
レイラが清々しい表情で、指示を飛ばす。遅れてやってきたエレンとフランも席に座った。
もちろん、リザークやアダム先輩の分もある。
「レイラさん。おかわりありますか?」
エレンが言った。レイラは大きく首を縦に振る。
「ちゃんと用意してあるわよ。それにしても、ミカエラ。よくこのレシピを思い浮かんだわね」
「まあね。私もなんで知ってたのかはわからないけど……」
「その……これどうやって?」
ぼくは、ミカエラに質問する。すると、一枚の紙を出してきた。
それを確認すると、事細かに作り方が書かれている。
「醤油に……水と混ぜた砂糖……」
「めんつゆの代用ですね」
「う、うん……」
さらに読み進めてみる。
「オレンジジュースと……即席で作っためんつゆを入れて、切ったジャガイモと人参を煮込む……」
「肉は先に火を通して、油ごと入れます。火の通し具合は赤身が少し残るくらいですね」
「でも、なんで油ごと?」
料理はするけど、魔法で全てを終わらせるぼく。彼女の料理スキルはすごいけど、部分的にひっかかる。
なぜ油ごと入れるのか。それも疑問の一つだった。
「油に肉の旨味成分が溶け込んでいるからです。味に深みが出ます」
「なるほど……」
このレシピは、完成形に近い気がした。だからこそ、この食卓が美味しい世界になっている。
「先にメウス。食べてみて」
「う、うん……」
ぼくはスプーンで金色のスープを掬う。まずは香り。甘くしかし少し酸味があり、いかにも本格的。
口に運ぶ。入れた瞬間フルーティなものが広がった。美味しいでは表せない、絶妙な味。
これだ。ぼくが探し求めていた肉じゃがの最適解。
「フランさんも食べてみてください」
「え、ええ……」
フランがぼくと同じようにスプーンで掬う。口に入れた瞬間、彼女の両目が見開いた。
「これです! お姉様の肉じゃが!」
「ぼくも同感。ミカエラ。ありがとう」
「どういたしまして」
味見が終わったところで、レイラが『みんなも食べるわよ』と言った。
一斉に手を動かし始める。そして、同じ笑顔が飛び交う。
アダム先輩も、リザークも。一心不乱にスプーンを行ったり来たり。
「こんな食べ物。オレ様初めてだ。」
「同じく。食べ飽きないな……」
二人も、感想は同じだった。数字で生きてきたぼくも、ここまで完璧な黄金比なんて出せなかった。
世界は数字でできていると、どこかの誰かが言っていた。
だけど、世界には数字では表せない黄金比率も存在する。
「僕おかわり持ってきます」
「たくさん食べなさい。ちょっと作りすぎてしまったから」
「了解です。それにしても、レイラさんもよく作りましたね」
「それもこれも、ミカエラのレシピが正確だったおかげよ。わたしはただ作っただけ。それ以上もそれ以下もしてないわ」
エレンが台所に消えていく。盛り付けてきた肉じゃがは大盛だった。
「よし、ぼくもおかわりするぞ!」
遅れて食べ終えたぼくも、台所にいく。そこに置かれていたのは、数十人前ほど作れるであろう寸胴鍋。
レイラは本当に作りすぎてしまったようだ。
その寸胴鍋に入った肉じゃがを、皿に新しく盛り付ける。非常に軽い。そして、くどくない。
どういった原理で胃に溜まらないのか。それを知る前に、満腹になりそうだ。
「オレ様も行くぜ!」
「我ももらおうではないか」
おかわりを求める人が増えていく。だけど、鍋の中身はなかなか減らない。
「エレン。なんでこんな量に?」
ぼくはオレンジジュースを調達したエレンに聞く。すると、彼は照れ隠しの仕草をする。
「実は……。オレンジジュース大好きで、大量にストックさせてもらってたんです」
「で、それを全消費……」
「はい!」
今度の犯人はお前かと言いたくなるが、こんな美味しい料理を見せられては何も言えない。
エレンが気づいて、ミカエラがレシピを作らなければ、絶対に実現しなかった。
今度は自分の手で、この料理を作りたい。この最高に美味しい料理を。数字では作れないものを……。
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オレンジジュース肉じゃがを作る時は、遠回りせずめんつゆで作ってください!




