第65話 犯人は激辛好きなようです
それからはというもの、ぼくはリザークの指示のもと食べた。
ぼくの食べ方は間違った順番が多いらしく、全てが終わるまでに四十分はかかってしまう。
「ほんと、メウスはおかしな食い方するよな……。酒の量は多いしよ……」
「だって、本気で酔ったことないんだもん」
最近酔ったとしたら、十四パーセントのワインだろうか。
あれ以来自分に合ったお酒しか飲んでない。だからか、やはり酔う感覚が薄れていた。
「メウスは微妙な度数が苦手なんですよね」
エレンが確かめるように聞いてくる。
その言葉に、視線がぼくの方へ集まった。これは逃げ道を塞がれた状況。
頷くしかない。それがぼくの飲み方なのだから。
「たしかにぼくは常識よりも高い度数を飲むよ?」
「ですよね……。この前ミカエラさんから、お酒を飲み過ぎると腎臓や肝臓に悪いって言われたんです」
「まあ、それは理にかなっているね……」
「でも、メウスは神だから。関係ないんじゃないか? って」
エレンは『少し席を離れます』と言って、食卓から外れる。
彼が戻ってきたのは数分後。なにやら本を持ってきていた。
「これ。ミカエラさんの昔の記憶を書き出したノートです。ここには、僕の知識では理解できないことまで書いてあります」
「どれどれ?」
ぼくはエレンが持ってきたノートを受け取る。彼女が前世で得た記憶。それは事細かに書かれていた。
それも、この世界の言葉と神語の両方で表記され、文章量も最適な文字数になっている。
中には彼女の兄の食生活までしっかりあって、彼も無類の酒好きだったようだ。
「ミカエラ。君の大切な人もお酒が好きだったんだね」
「はい。私が止めようとしても、止まらなくて……」
「それは厄介。普通の人間だったら死ぬよ。普通のね」
ぼくはその普通から逸脱している。そもそも、人間でなくなった以上、普通のことが通用しない。
食卓の部屋の温度は上がっていく。そして、スープの熱さで汗が出る。
ぼくの個人的な意見で言うと、胡椒の入れすぎかもしれない。フランは養成学校で料理人をしている割には料理下手らしい。
「エレン。このスープ辛くない?」
これにはミカエラも気が付いたようだ。
「たしかに。辛いわね……。わたしは大丈夫だけど……」
レイラも続く。彼女がこの反応をしたということは、犯人はこの人ではない。
「ん? 普通にウマいと思うが……」
「『犯人はリザークだったのか!』」
「そういえば、メウスさんが台所に来た時胡椒の瓶が消えてたわね……。その時かもしれないです」
ぼくが目を離した隙に悪戯をするなんて、とんだ魔王だ。たしかに彼は昔から激辛好きだったが……。
それは、ぼくが神になって初めて日本に行った時。お土産に激辛焼きそばを買って、魔王城に寄った日のことだった。
――――――――――――――――――
「メウス。そのちっちゃい箱は何だ?」
「ソース焼きそば」
「焼きそば? ウマいのか?」
「実はぼくも食べたことないんだ」
ぼくは、聖水を用意して魔法で沸騰させる。
この時ぼくは普通のと激辛のを二個ずつ買ってきていた。
「オレ様はその赤いのがいいな」
「見るからに辛そうだよね」
「おん」
赤い焼きそばには魔法で目印をつける。そして、完成したのを一緒に食べた。
ソースで麺を絡めること自体初体験だったけど、甘辛いものが通るなりとまらなくなった。
「リザークのも少しいい?」
「いいぜー。めっちゃウマい!」
「ほんと?」
「おう!」
ぼくはリザークの容器から一口もらう。そして口に入れた瞬間衝撃が走った。
むせるくらい熱いなにか。舌がヒリヒリと痛い。喉も焼けるようにジンジンした。
「ごめん。ぼくこれ無理」
「そうか。けど、胡椒ほしいな。きっともっとウマくなる」
――――――――――――――――――
この時からだ。リザークが『辛さ』に飢えて求めるようになったのは。
「でも。これはこれでいいんじゃないですか? 僕はこれくらいの辛さが好きですし。皆さん綺麗に食べてますし」
「あたし、すーぷおかわり! リザークさん。胡椒持ってきて!」
「お、お嬢ちゃんやるねぇ。辛さを追加注文承ったぜ!」
リザークがティアのスープカップを回収し、盛り付けにいく。
戻ってくると、スープの表面が真っ黒になっていた。これは、入れすぎの気もするが……。
「おいしそー! いただきまーす!」
ティアは顔色一つ変えずに飲み干す。元々銃である彼女にとって、味覚は関係ないようだ。
ならば、ぼくもおかわりしてこよう。カップを持って台所の鍋を見る。
どうやら、鍋に直接入れなかったらしい。これは一つの安心材料になった。
軽くひと掬い。木の器のカップに具材たっぷりの透明なスープが入る。
「よし」
ぼくは、台所から出る。すると、エレンが熱心に話しているところだった。
「ミカエラさんの誕生日の前日。メウスが肉じゃがを作ってくれたじゃないですか!」
「ええ。結局隠し味が分かりませんでしたが……。いつかお姉様の料理を自分の手で再現するのが、今の夢ね」
「実はミカエラが書いたノートにヒントがあったんです!」
どうやら肉じゃがの話題をしているようだ。ぼくでさえ隠し味がわからないのに、どうやってミカエラが……。
「僕もあとで味を振り返って感じたのですが……。日本という世界では、隠し味に柑橘類を入れるそうなんです!」
「かんきつ?」
「はい! オレンジとかです。僕の領地ではゆずやポンカンなども栽培していますが……さすがに調達はできないので……」
エレンは再び席を離れる。気になりぼくが後ろをついていくと、彼は橙色の瓶を持ってきた。
「もしかして、エレン。それは……」
「メウス見ていたんですね」
「うん。少し前からね」
二人で食卓に向かう。ぼくにはエレンが何したいかわかった。
「お待たせしました! これ、ちょっとこの場周辺の果汁工房で見つけたんですが、オレンジジュースです!」
「エレンさん。それをどうしようと?」
「よくぞ聞いてくれました! これを、肉じゃがに入れるんです」
フランの質問にも迷うことなく答えるエレン。自分の意見を言っている彼の背中は昔よりも大きかった。
「砂糖で甘さを出すのではなく。オレンジジュース本来の酸味と甘みで作る。これがもし、メウスがこの前作った肉じゃがと同じ味になれば」
「なるほどね。では、お昼にやってみるわ」
レイラが賛成の声をあげる。
「これも、冒険ってやつだな。レイラが作る肉じゃが楽しみにしておく」
エルヴィンも楽しみにするくらいなら、ぼくも期待しておくしかない。
食事を終えたぼくとリザークは予定通り本屋へ向かうことにした。
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