第64話 ナンから食うんじゃねぇ!
血染めワインで引き分けに終わったぼくたちは、しばらく休んでいた。
会話もない。そんな時間が進んでいく。これも、お互いを知っているからこそできること。
「なあメウス」
リザークがぼくの名前を呼ぶ。
「なんか、本屋行きたくないか?」
「どうして急に?」
「いや、三年前か四年前に本出してから、新刊出してないだろ?」
そういえばそうだ。あれから新作を用意していない。
というのも、ぼくがミカエラたちと過ごしてから、書く時間が無くなってしまった。
それ以前の問題で、ネタが少なくなり始めている。これまでに二万近くの魔法を生み出したのだから当然。
「しばらく出す気はないかな? まだ、リザークに見てもらっていない新作魔法が多いし」
「そうか。ならやっぱり本屋行こうぜ! できれば、シャーロット領のさ」
「わかった。行こう!」
ぼくは石板を回収し、リザークと洞窟の外へ向かう。
最近といえばしばらく前からだが、基本的にリザークは浮遊魔法で移動する。
だけど、なぜ今回歩いてきたのか。それがどこかに引っかかっていた。
「どうして、洞窟に入る時足音を立てて入ってきたの?」
「んー。メウスは敏感だから……だな。ほら、オレ様は普段足音立てないだろ? ならよ。足音立てた方がいろんな解釈できるんじゃねぇかってよ」
たしかにそれはそうだった。ぼくの周りには足音が響いている。だから、リザークが足音を立てても、他の人を予想できる。
そこまで考えてのサプライズ。個人的にはいい迷惑だ。
洞窟の外はやけに暖かかった。日照りも鋭く、皮膚を焼き付けてくる。
この世界の暦では冬から春に入る頃。こんなにも暑い日なんてめったにない。
「ここからは空を移動しよう」
「りょ! 相棒!」
「ちょっと、相棒って古臭いなぁ……」
そう言っている間にも、リザークの高度が上がっていく。今日はぼくが足を引っ張ってばっかりだ。
すぐに飛行魔法を発動させて、上昇する。そういえば、朝ごはんの時間が近かった。
こうなったらリザークにも参加してもらおう。手土産としてはかなり弱いけど。
「リザーク。ちょっと時間を確認してみたんだけど。本屋はまだ開いてないよ?」
「マジか! ならどうしようか。洞窟に戻るのも嫌だしなぁ」
「だと思った。実はまだ朝ご飯を食べてなくてね。ちょっと、ミカエラに会ってこない?」
ぼくは彼を誘ってみる。すると、リザークはホバリングに切り替え数秒考えていた。
「それもいいかもしれないな」
「決まりだね! ぼくについてきて!」
「あいよ!」
速度を一気に上げる。地上の風景が見るみるうちに変わっていく。
来た道を戻る。もうすぐミカエラたちが起きる時間だ。
シャーロット公爵家には数分でついた。もちろんリザークも一緒に。
地上に降りて、入口に立つ。リザークには家の影に隠れてもらった。
「ただいまー! サプライズゲストを連れてきたよー!」
ぼくがそう言うと、どたどた足音が聞こえてくる。最初に顔を出したのはミカエラだった。
「おかえりメウス。サプライズゲストって誰?」
「それはね。内緒もう少し待って」
「わ、わかった……!」
ここでミカエラが引っこむ。リザークをこのまま登場させるわけにはいかないので、ぼくの変装技術を利用してみる。
リザークはぼくよりも背が高い。いくら魔法で変身できるとしても、何にしようか悩んでしまう。
ここは空気にしてみよう。
「リザーク。移動は全部浮遊にできる?」
「可能だが……」
「じゃあ、消すよ!」
「は?」
ぼくは魔法を使う。すると、リザークの身体が完全に風景と混じり消えた。
「ぼくの後ろについてきて」
「あいよ」
ぼくは透明になったリザークを引き連れ、食卓の部屋まで案内した。
号令を出すまでの間、彼には天井近くで待機してもらう。誰かにぶつかったらそれだけで作戦失敗。
テーブルには、沢山の料理。ぼくは台所へ行き、フランにあまりがあるか聞く。
「フランさんおはよー。朝ご飯余分ある?」
「あるわよ。エレンさんが沢山食べるから、だいたい二十人前かしら?」
「よかった。今日食べる人が一人増えるからね」
「そうなのね。ふふ。賑やかになるのは光栄です」
席にはエレン。エルヴィン。レイラと座っていく。最後についたのはミカエラとティアだった。
ぼくも定位置に移動する。今日の朝食はガーリックナンだった。完全にエレンのリクエストだ。
スープはコンソメスープ。もちろん、一人分追加されている。
用意が整ったところで、リザークに指示を飛ばした。
「今日はサプライズゲストに来てもらってるよー! 魔法解除!」
ぼくが魔法を解除すると、透過していたリザークの身体が出現する。
この光景に、全員が目を見開いた。なぜなら、公爵家とはいえ一般家庭に魔王と神が揃ってしまったのだから。
「よっ! ミカエラ。あん時はありがとな!」
「その前に言うことあるでしょ?」
「すまない、メウス。では、自己紹介から入らせていただこう。オレ様は北の魔王城を支配する者。リザーク・ヴェルムだ!」
それ、自己紹介というよりも通りすぎている気が……。
「リザークさん! 元気になったようでよかったです!」
「お、知らぬ間に成長したな。エレン。この前はつまらん話を聞いてくれてありがとな」
「どうもです! 僕もリザークさんのことをもっと知りたいので……」
「そーかそーか。なら時間の許す限り付き合ってやろうぞ!」
ぼくの話をするよりも、リザークが話題を広げていく。
「リザークさんとメウスは幼馴染だったよね」
ミカエラがふと思いついたようなタイミングで聞いてくる。
「うんそうだよ。今はぼくの魔法を見せるくらいだけどね」
「こいつ、血染めわ……」
「リザーク。それ以上言ったら存在そのものを消すよ!」
「あい……」
すぐに調子に乗るリザーク。それを止めるのがぼくの役目。
彼が椅子に座ったところで、食事が始まった。
ぼくは思いつきでナンに手を伸ばす。すると、きつい視線は肌を刺した。
「おい。メウス。ナンから食うんじゃねぇ!」
完全にリザークから目を付けられたらしい。
「こういうのは、飲み物を少し飲んでから食うんだよ。じゃないと、口の中パサパサで飲み込めないからな」
「もう。ぼくの好きに食べさせてよ……」
「いやダメだ。オレ様が言った通りに食え」
これは大変なことになる予感。幼馴染というのは長い縁があるってことだけど、相手を知りすぎるのもまた迷惑かもしれない。
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