第59話 兄の夢と誕生日
真っ暗な場所。ここはどこだろうか。私は眠気に耐えて耐えた結果、意識を失ってしまった。
完全な夢の中。私もティアと一緒に寝ていればよかった。無理をしてしまったのが悪い。
「美香。美香起きろ!」
誰かが名前を呼ぶ。ゆっくり目を開けると、黒髪黒目の男性。この面影どこかで……。
「美香。よかった」
「お兄ちゃん?」
私の前世の兄。工藤大輝。根っからの筋トレバカで、一種の痩せマッチョ。勉強は並程度でそこまで頭は良くない。
「ああ。そうだ。ちょっとお前に用事があってだな」
「え?」
けれどもなんで今頃、前世の兄・大輝が私と邂逅したのか。それが理解できない。
これは何かの予言なのだろうか。そもそも、予言というものはあるのだろうか。
「お兄ちゃん。なんで私に?」
「それよりも、まずこの鏡を見てくれ」
「う、うん……」
私は大輝から渡された手鏡を見る。そこには、今現在の銀髪金眼ではなく、兄と同じ黒髪と黒い瞳。
それは、前世の自分そのものだった。私は、生き返ったのだろうか。
「お兄ちゃん、私って」
「いや、それはない」
「え?」
やっぱり、前世では私は死んだままなんだ……。
「俺は今のお前を知らない。今は知る必要がないとした。こうして出会えたのは、全てあのベッドバカのおかげだ」
「ベッドば……。メウスのこと?」
「そーいや、そういう名前だったな。美香は知ってるだろ? 俺が人の名前を覚えられないってことをさ」
思い返してみれば、大輝は家族と付き合いの長い面々しか名前を覚えられない。
他己紹介も下手で、よく名前を間違えてはツッコミを入れられていた。
私としては迷惑だと思っているけど、それでも自慢の兄。私は彼が大好きだった。
サバゲーを教えてくれたのも、大輝だった。彼がいなければ私はずっと部屋に籠って本を読んでいただろう。
「あいつから聞いたよ。美香が成長したってさ」
「たしかに。私はサバゲーで誰一人倒せなかったからね……」
「だな。俺も、気づければよかった。美香には、向いてないって」
「そ、そんなことないよ……。私だって、楽しかったし」
たしかに、本当は怖かった。多くの人が集う中でチームを作って行動する。
事前にお兄ちゃんから教えてもらっていた。転ぶ以外に怪我をすることはない……と。
だけど、それを甘く見過ぎていた自分も悪い。そのせいで……私は……。
――死んでしまった。
「美香。もし、俺が……、今お前が生きている世界で会えるなら。お前はどうしたい」
「それは、姿形が違っても?」
「ああ」
「私が、昔の私ではなかったとしても?」
「ああ、そうだ。俺は、今のお前の姿がわからない。どういう生活をしているのかも知らない。お前に友達がいるのかも全くだ」
大輝が身体を近づけてくる。背中が持ち上がる感覚。私は、大輝の胸の中に抱かれていた。
もし、もう一度大輝に会えるのなら。会えたなら何がしたい。わからない。すぐに思いつくはずがない。
「すぐには、答えられないけど……」
「わかってる。ゆっくりでいい。美香の、本当の気持ちをぶつけてくれ」
「う、うん……!」
途端、大輝の身体が光り出す。まるで粒子になったように、まばゆい輝きが天に向かって上っていく。
「そろそろ時間みたいだな。あっちの世界でも、頑張れよ」
「ありがとう」
再び私は一人になる。一瞬頬に何かが伝った。冷たい。なのに暖かい涙。
目を覚ますと自分のベッドで横になっていた。きっとメウスが運んでくれたのだろう。
外を見れば日は上っていて、朝になっていた。ぐっすり寝てしまったらしい。
コンコン。扉をノックする音。開くとメウスが入ってきた。
「おはよ。ミカエラ」
「おはよう。メウス。エレンは?」
「彼なら朝練をしているよ」
知らぬ間に新しい一日が始まってしまった。だけど、なんか懐かしい夢を見た気がする。
夢で逢ったのは誰だっけ。それでも、心が温かくなった。
「ミカエラー! メウスさん! 朝ごはんよー!」
「『はーい!』」
私はメウスと一緒に廊下へ出る。いつの間にかティアも人の姿になっていて、後ろをついてきた。
「ふわぁーう。よく寝た」
「おはよう、ティア」
「おはうお……お姉ちゃん……」
眠気が残っているのか、ティアの呂律が回っていない。そこも、彼女の可愛い一面だ。
階段を下りる。裏口の扉が開き、そこから汗をダラダラにしたエレンが入ってくる。
「おはよう。エレン」
「おはようございます。ミカエラさん」
四人で食卓へ向かう。こんな日々も、きっとリザークが作ってくれたのかもしれない。
リザークだけではない。メウスも、エレンも。お姉ちゃんにシリルまで。
誰か一人忘れている気もするけど、きっと気のせいだ。部屋に入ると、豪華な料理が並べられていた。
「みんな! 準備いい?」
「『はい!』」
「え?」
私だけ状況が掴めていない。だけど、何かが違う。どこかが違う。
パン! クラッカーのような音が響いた。
「『ミカエラ! お誕生日おめでとう!』」
「あ、ありがとう……。これは、一体……」
この世界にはカレンダーというものがない。月日報という特殊な紙を使って、日付を管理している。
だから、自分の誕生日なんて忘れてしまう。
ふとメウスが石板を持っていることに気づいた。カレンダーとして機能するのはこれくらいだろうか。
私の誕生日は、雪の月の十四日。日本で言うところの一月生まれ。
石板にもそう今日の日付が書かれていた。本当に私の誕生日みたいだ。
「ミカエラ。もっと喜んでよ!」
「その……。メウス。私が見た夢って……」
「うん。かつての大切な人も、君のお祝いをしたいってね」
幻じゃなかったんだ。あれは、現実に起きたこと。さすがに『おめでとう』までは言われなかったけど。
お兄ちゃんに伝えたいことはいっぱいある。だから、また会える日を信じて……。
「さて、昨日の続き。始めよう!」
お父様が切り出す。
「そういえば、途中でミカエラさんが倒れて騒ぎになりましたからね」
「それ以前の問題だよ。先にエルヴィンさんが寝落ちしたんだから」
「ははは! それは、本当にすまなかった。父としたことが……」
昨日聞けなかったこと。レイラお姉ちゃんとリザークのその後。
誕生日の祝いと共に明かされる真実に、私の胸は高鳴っていた。
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次回 レイラとリザーク編完結!!!!!!!




