第24話 聖女の覚悟
メウスが私を見ている。それはまるで『やっと気づいたんだね』とでも言っているような、温かくも苦しみを含んだ視線。
日が差し込んで、明るさが強くなった時。寝ていたセリンたちが目を覚ました。
「おはようございます。皆さん」
「おはよう。メウスは?」
エレンが私に聞いてくる。それに私は首を横に振った。
「さっき目を覚ましたけど。かなり……厳しい状況ですね……」
「……そう」
「でも。大丈夫です。助かる可能性が出てきたので」
「ほんと!?」
私はメウスの前に行った。手を患部に押し当てる。本に書かれていた記述には、神殺しの剣の作り方まで載っていた。
それは、魔族という人種しか生み出すことができないらしい。ここでシリルが目を覚ます。
「シリルさん。おはようございます」
「おはようございます」
「シリルさんは魔族と接触したことはありますか?」
私は騎士であるシリルに質問した。その質問に返ってきたのは――。
「言っちゃなんだけど……。ボクのお母さんが魔王だよ?」
「そうでしたね。シリル先生は人間と魔族のハーフなんですよ」
シリルの言葉を遮るようにエレンが補足を加える。これは話が早い。有力な情報源を獲得できた気がする。
シリルに協力してもらい、メウスの症状を確認する。神殺しの剣は魔族の骨と血で作るとのこと。
神の弱点がその二つであるということ。神がその剣に触れると、本人でも解呪ができない状態になること。
そして、その呪いを解けるのは聖女しかいないということ。
「皆さん。私の言ったことをしてください」
「了解しました」「わかった」「ん」
「まずは、たくさんの聖水を持ってきてください。桶で大丈夫です」
私は消毒の準備から始めることにした。三人はそれぞれ用意できるだけの聖水を持ってくる。
それに、私の血をそれぞれ一滴だけ垂らした。これで聖女特有の効果を付与できるそうだ。
よく聖水に馴染ませると、水の色が変わる。
「これは……金色……?」
「お前。マジか……」
驚くメンバーを他所に、金色に光る聖水をタオルに含ませる。それを、メウスの傷に押し当てた。あとは、神語――英語で唱えればいいだけ。
だけど、必要とする魔力が足りそうにない。
「魔力が……間に合ってくれれば……」
思わず私の不安が口から零れた。すると、冷たい手が首元に触れた。後ろを向くと、シリルが優しく微笑んでいる。
「ボクので良ければ力を貸しましょう。ボクの親はたしかに魔族。魔力も純血の魔族よりは劣りますが、問題はありません」
「ありがとうございます」
私の身体に魔力が流れ始める。これで準備が整った。エレンとセリンには、黄金の聖水タオルの準備にあたってもらう。
「では、始めます」
「はい!」「お願いします」
「聖女ミカエラ・シャーロットより命ずる。彼の者の呪いの付与対象を全て私とし。全ての苦しみから解き放て!」
私は日本語で詠唱を唱える。そこから先は、英語だ。ディスペル。それを成功させるためには、何段階もの試行を繰り返す必要があった。
「ファーストリカバリー。セット。ファーストリヴァイヴ。セカンドリヴァイヴ。サードリヴァイヴ――」
「すごい……。何言ってるか分からないけど……」
「フォースリヴァイヴ。フィフスリヴァイヴ」
全身に痛みが走る。これが今メウスが抱えている苦しみ。私は彼に語りかけるようにして、魔法を唱え続けた。
「ミカエラさん。髪が……」
今はそれどころじゃない。シリルの魔力も借りて、解呪を進める。意識を全て、メウスに寄り添わせた。
目を瞑る。そのまま、そのまま奥の方へと、気持ちを近づけていく。真っ暗闇の中。彼はそこにいた。
ポツリ、中心で座り込むメウス。ひとりぼっちになって、寂しそうにしているメウスの姿がそこにあった。
「メウス――」
「ミカエラ……。信じてたよ」
「良かった……」
私はメウスの近くへ急いだ。しかし、彼の周りには見えない檻があって、傍に寄れない。これを壊さないと、解呪が成功しない。
「メウス。なんでこんな無茶をしたの?」
私は優しく語りかける。
「ぼくよりも、未来があるから。かな? ぼくは知ってた。ミカエラが聖女であること。それも、暗殺者という相反する天職と共に生まれる運命であること」
「そう……」
メウスはゆっくり立ち上がり、私の近くに来る。それだけで気持ちが軽くなるが、彼の体調がよくなるわけではない。
「私。まだこの世界のこと一部しか知らない。メウスにはいなくなって欲しくない……」
「ミカエラ……。でも君が無理したら、君までいなくなるかもしれないんだよ?」
「それは……」
この行為は自分の命までもを蝕む。メウスは遠回しにこれを言ったのかもしれない。私には、覚悟が足りない。
動物の狩りもできず、エレンを助ける際も迷いがあった。それでも、助けたいという思いが、救いたいという思いが……。
「私はいなくなったりしない。メウスを連れて、元の世界に戻る。そう決めた。私はもう迷わない。約束する」
「それが……。君の答えなんだね。最後に問う。この儀式で君の命が失われる可能性だってある。それすらも凌駕する覚悟で、完遂できる自信はあるか」
「あります!」
「わかった。ぼくの手に触れて。ぼくにかけられた呪いを全て。君に託す」
私はメウスの両手に触れた。直後視界が真っ白に染まる。メウスにまとわりついていた穢れが、私に吸い込まれていく。
直後、激しい頭痛がした。耐えることも難しいくらいのものが……。
「うぅ……」
私の口から嗚咽が漏れる。だけど、聖女であるということが、私の意識を繋ぎ止めてくれた。
穢れが消えていく。私が目を開けた時にはメウスも目を覚まし、ゆっくり起き上がってベッドに座っていた。
「おかえり。メウス」
「ただいま。みんな……。成功したようで良かった」
全ての儀式が終わった時。疲れ果てた私は、床に座り込んでいた。これでまた、私とメウス。エレンの三人で活動できる。
二つの喜びに浸りながら、徹夜の疲れと共に眠りについた。
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