第126話 二人きりの時間
その日の夜、私はエレンとメウスに挟まれながら、天井を見つめていた。
最近色々あったからか、心が疲れ果てている。
少し気分転換をした方がいいかもしれない。
そう思いベッドから出ると、寝ている二人にタオルケットをかけた。
照明で明るくなった廊下。窓の外には石段に座る大輝の姿がある。
せっかくだしと私も出ると、吹き付ける夜の風は少し肌寒く感じた。
「お兄ちゃんも眠れないの?」
「まあ……。そうだな……」
「隣いい?」
「おう」
完全に二人っきりになるのはこれが初めて。
前世では血の繋がった兄妹だけど、今の彼はかなり遠くの方にいる。
「あのさ。大輝が初めてここに来たときは、どうだったの?」
「そうだな……。あまり覚えていない」
「そう。まあ、実際だとかなり前なんだよね」
「そうだな。まさか本当に戻ってこれるとは思わなかったが……」
大輝は日本にいた時、自由に行動できなかった。
毎日が勉強。大輝が勉強嫌いだったのは、はっきり覚えている。
小学校の宿題も、中学校でも勉強はほとんどしていない。
常に、外を走ったりして身体づくりに励んでいた。
「大輝はさ……。どうして鍛えていたの?」
「わからない。ただ、動かしていないと気が済まなかっただけ」
「それって、理由になってないよ」
「たしかにな」
大輝の空間魔法で出てきた二本のペットボトル。
開けたいのはそこじゃない。大輝の本心を聞き出したいだけ。
「大輝。この前言っていたレヴェルのことだけど……」
「レヴェルがどうしたんだ?」
「いや、なんでもない……」
「そうか……」
血が繋がっていないだけで、ギクシャクしてしまう。
私は大輝の眼を見た。少しだけ、瞳孔が揺れている。
「大輝。何か隠しているでしょ」
「んな。そんなこと……」
人の気配が少ない場所で二人きり。本心を隠していることに、なんだかもどかしい。
「雨が降って来たね……」
「そうだな」
「大輝、少し疲れてる?」
「少し……ではないな……。大分疲れてる」
大輝は軽く背伸びをした。それに誘惑されたのか大きなあくびも披露する。
そりゃそうだ。今朝から子供と大人を合計八人乗せて筋トレしてたのだから。
そんな彼が、私はとても好きだった。本ばかり読んでた私は、彼にだけついていった。
この関係が、ずっと続けばいいのにって思っていた。
それもこれも、あのサバゲーでの事件が……引き裂いてしまった。
「けどよ。こうしてまた会えたんだから、いいんじゃないか?」
「そうだけど……。大輝的には、日本に戻りたくないの?」
「それはないな……」
「どうして?」
彼はボトルの水を少し飲む。
それから、一拍おいて話し始めた。
「俺にとって、日本は枷だ。たしかに、弟たちが心配ってのもある」
「うん」
「けどな。今の俺は美香が知ってる俺じゃない。気づいているだろ? もう、普通の価値観ではなくなっていることを」
大輝が言いたいと思っているのは、少し伝わってきた。
実際、今の彼は普通に血と隣り合わせの生活になっている。
本来の彼がそれだとしたら、日本で再び我慢させるわけにはいかない。
彼は本当に頑張ったんだと思う。それだけ、地球が窮屈だったんだと思う。
私は、そんな彼を許していいのかわからなかった。
彼の本物が理解できない。どちらが正解なのかも納得いかない。
「それとな、俺は美香に会えて嬉しかった。もちろん、レヴェルにまた会えるかもしれないって可能性があるのも、嬉しい」
「もう一度聞くけど。レヴェルとの関係ってどんな感じなの?」
「い、いや……そ、それは……」
私がレヴェルのことを聞いた途端、彼の眼が激しく揺れ始めた。
彼の額に汗が滲みだす。手は答えを探そうとしているのか、何もないところを掻く。
「俺とレヴェルはな……。まあ、なんというか……。友人……同士? っていうか……。その、なんだろな……」
「それ本当なんでしょうね?」
「お、おおう……」
「言っとくけど、隠し事は逃げてるのと一緒だからね。私に嘘はつかないで!」
無意識に飛び出した言葉。頭で再生するたびに、息苦しい。
こうするはずではなかったのに、取返しのつかないことをしたかもしれない。
それでも、大輝は私の眼を見てしっかり受け取ってくれた。
「そうだよな。家族に隠し事はしない決まり」
「うん。だから本当のことを話して」
「わかったよ」
大輝はペットボトルを石段の上に置いた。
私は彼が語り始めるのを待つ。だけど、口は開けど言葉が出ない様子で……。
彼にとって、レヴェルは特別な存在で複雑なんだということが、伝わってきた。
「俺の魂石でレヴェルができてるって言っただろ?」
「うん」
「あれは、一種の偶然だったんだ。けどよ。あいつはちょっと特殊だった」
大輝はそう言いながら、天を仰いだ。その瞳には、一筋の光が宿っている。
彼はレヴェルが原因で、血を欲するようになったと説明してくれた。
末路はそこまで良くなかったらしい。と言われれば、何も返せなくなる。
「会えるといいね。もちろん、レヴェルも上質な血を求めていると思うし」
「だな。真っ先に美香のを勧めたいくらいだ」
「それ、言うと思った。今では大輝のお気に入りだもんね」
空を見る。雲の切れ目から覗いてくる月明り。
明日も、面白いことが起きるかもしれない。
また、嫌なこともあるかもしれない。
そんなワクワク感は、いつまで続くんだろう。
「やっぱりさ。隠し事をしないって、すっきりするな」
「でしょ。私も本心を聞けてよかった」
「だな」
私は『そろそろ遅いし』と言って、一緒に中へ戻る。
メウスとエレンには申し訳ないけど、今日は大輝と寝たい気分。
私は彼の部屋にお邪魔して、同じベッドに入った。
こんな毎日が続きますようにと、静かに祈りながら。
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